第6話 何かが切れる

「あんなに払ったのに・・」

 送られてきた借金の明細書を見て、私は思わず呟く。雅男の三億の借金は、私がAVと風俗で相当な額を返していたはずだったが、返せていたのは金利だけで、元本は全く減っていなかった。

「これじゃぁ・・」

 私は途方に暮れた。

 私は借金を借り換える時、連帯保証人になっていた。だから、雅男の死後、借金取りは私のところへ向かって一斉にやってきた。それは容赦のないものだった。連日、玄関先には入れ替わり立ち替わり、借金取りのチンピラもどきがやって来ては、玄関チャイムを鳴らしまくり、借金返せと叫びまくる。電話も鳴りまくるし、夜も容赦なく来るので眠れない。ご近所からも、うるさいと苦情が来るし、時々嫌がらせで、借金取りが窓ガラスに石を投げつけてまで来る。それを追いかけ外に出ると、電柱の影にストーカーと化した桐嶋までいる。もう、私は半分ノイローゼのようになっていた。

 そこに来て、母の入信している宗教の信者たちまでが、山田を先頭に連日どかどかと団体で家にやって来る。もう家はしっちゃかめっちゃかだった。

「双子石さ~ん、双子石さ~ん」

 今日も朝から山田が信者を連れてやってきた。そして、いつものように自分の家のように、勝手に上がって来て我が物顔に振舞い出す。

「あっ、メグちゃん、丁度良かった。人数分、お茶。お願いね」

 山田は私を見つけると、当たり前みたいに言う。

「・・・」

「お茶っ」

 私が黙っていると、ちょっとキレ気味にさらに言う。

「おいっ、愛美、酒買って来てくれよ」

 その横から、おやじまでが私に言う。

「なあ、酒」

 玄関では、玄関チャイムがキチガイみたいに鳴り出した。多分、というか絶対、借金取りだ。

「お茶よ。分かる?メグちゃん。普通頼まれなくても、お客が来たら、出すものよ」

 山田は厚かましく、説教まで垂れ始める。

「なあ、酒」

「お茶」

 ピンポン、ピンポン

「なあ、酒」

「お茶」

 ピンポン、ピンポン

「なあ、酒」

「お茶」

 ピンポン、ピンポン

「ああああああああっ」

 私の中で何かが切れた。

「お茶っ、早くしてちょうだい」

「黙れ雌豚」

「め、雌豚」

 山田は、バカでかい目を更に大きくして、私を見た。

「め、雌豚ってどういう事?」

「見たまんまだ。この豚野郎」

「ま、まあ、双子石さん、これは一体どういうこ・・」

 山田は隣りの母を見る。

「黙ればばあ」

 私は母に助けを求める山田のぶよぶよのわき腹に、右のハイキックをお見舞いした。

「ぐぶべぇ」

 不気味な呻き声と共に、山田は崩れ落ちた。そこにさらに、そのもはや何か別の生物のように肥え太った肉の固まりをぶら下げた腹に、ストレートの蹴りをもう一発お見舞いした。

「ぶぼお」

 下水の詰まったような声を発し、山田はその場に転がった。

「出てけ。豚野郎。そして、二度と来るな」

 そこにかかと落としを脳天に三発くらわせ、そのぶよぶよのケツを蹴り上げながら、山田の肉塊を玄関まで転がしていく。山田は、私にケツを蹴られ、ヒイヒイ言いながら、必死に玄関まで四つ足で這って行く。そして、山田が玄関まで来たところで、さらに渾身の一撃をケツにくらわせ、山田を玄関の外に吹っ飛ばした。

「二度と来るな。今度そのつら見せたら、ぶっ殺す」

 玄関の外に転がり出た山田に私は上から叫んだ。山田は怯えたメス豚のように私の顔を見上げる。

「いいな」

「ば、ばい」

 山田は腹を押さえながら、慌ててブヒブヒ走り去っていった。

「神さまなんかいねえんだよ。いるのは汚ねぇ人間だけだ」

 そのぶよぶよの汚い背中に浴びせるように、私は叫んでやった。そして、玄関周辺に茫然と立ち尽くしていた信者たちを睨みまわす。

「お前らもだ」

 私が、一言圧をかけると、信者たちは蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ去って行った。

「お前らもうるせぇんだよ」

 その光景を茫然と見ていた借金取りのチンピラたちにも私はすごむ。

「金はねぇ」

 私は借金取りたちを睨みつけた。私の剣幕に借金取りも、怯んで後ずさる。

「帰れ」

 私が最後に怒鳴ると、借金取りたちも慌てて走り去って行った。

 そして、今度は、家の中に取って返すと、私はちゃぶ台の上に置いてあった母の精神薬を全部ゴミ箱に捨てた。

「何するんだい愛美」

 母が慌てて、ゴミ箱に駆け寄る。母は、すぐにゴミ箱から薬を取り出そうとする。

「こんなもんいつまでも飲んでんじゃねぇ」

 私は、ゴミ箱を蹴り上げ、母の前から吹っ飛ばした。

「何するんだ」

 ものすごい形相で母は私に掴みかかってきた。その目は、恐ろしいほど凶暴な狂気の色を宿していた。薬を飲む前、母は決してこんな人ではなかった。

「薬中なんかなってんじゃねぇ」

 私は襲ってくる母を掴み返す。

「おいっ、メグ酒」

 そこに父がやって来た。

「お前もだ」

 私は二人に平手打ちで往復ビンタをくらわせると、二人の襟首を掴み、奥の納戸まで引きづっていった。

「愛美、愛美、何すんだ。おいっ」

「メグちゃ~ん、メグちゃ~ん」

 二人は必死で暴れ、抵抗しながら、叫びまくる。しかし、私は容赦しない。私は納戸の扉を開けた。

「おい、何するんだ親に向かって」

「黙れ、ダメ親ども。息子が一人死んだくらいで廃人になってんじゃねぇ」

 そして、納戸に二人を放り込んで扉を閉めた。

「愛美、愛美」

「メグちゃ~ん、メグちゃ~ん」

「愛美、愛美」

 中から、二人は必死で叫ぶが私は無視した。

「しばらくそこにいろ」

 私はそう言って納戸に鍵を掛けた。

「酒と薬が切れたら出してやる」

 そう言って、私はその場から去った。背後では、それでも叫び続ける二人の声があった。

 私はその足で、外の物置からバットを取り出すと、奥の部屋のあの巨大な仏壇を叩き壊した。何百万もした割に、作りはちゃちで、いともかんたんにバラバラになった。

 そして、その瓦礫を庭で燃やした。

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