第5話 精神科医
「・・・」
久しぶりに見る母は明らかにおかしくなっていた。言ってることが支離滅裂で、かんたんな会話ですらが成り立たない。
「・・・」
母の飲む薬の量は、前よりも更に増えていた。
さすがに何かおかしいと私は思い始めた。これだけの薬を飲んでいながら、よくなるどころか母はどんどんおかしくなっている。
私は次の日、母の通っている精神科に行った。
「母が飲んでいる薬についてお聞きしたいのですが」
私は向かい合う医者に、挑むように言った。
「えっ、あ、あの、あ、あ、あ、あ」
私と向き合ったのび太君をさらにダメにしたような青っちょろい学生にしか見えない若い坊ちゃん刈りの医者は、そう聞いただけで、なぜかきょろきょろと挙動が怪しくなった。
「なぜ、あんなにたくさんの薬が必要なのでしょうか。一つ一つ出されている薬の意味を説明していただけますか」
私は、毅然として訊いた。
「え?あ、あ、あの、あの・・、あのですね。それはですね、それはですね」
医者の目はくるくるとあらぬ方を見回し始め、机の脇にあった書棚の書類の束を引っ張り出し、それを意味も無くペラペラとめくりだした。
「あの・・」
私が声をかけようとするが、医者は次々書類をめくっては、挙動あやしく「う~ん、う~ん」と一人で唸っている。
「あの、薬の説明をしていただけますか」
私が業を煮やして少し声を荒げると、医者は急に立ち上がり、今度は壁に並んだバカでかい本棚から分厚い本を引っ張り出し、またそれをめくり「う~ん、う~ん」と一人唸り始めた。
「なんだこいつ」
訳が分からなかった。
その医者は、まったく私と向き合おうとすらせず、奇怪な行動をとり続ける。
「ちゃんと話をしてください」
私はキレた。医者は、それだけで、そこまで萎縮しなくてもってくらい萎縮して、再び私の前に座った。
「説明してください」
私は医者の目を見据えるようにして言った。
「いや、あの~、あの~ですねぇ、あのぉ~ですね。薬はですね。薬はですね。必要なのでね。必要でありますからね。でぇ~、ありますから、でぇ~ありますからね。薬はですね。薬はですね。明美さんにはですね」
「うちの母は千賀子です」
「いや、あのですね。あのですね」
医者の話はまったく要領を得ない。
「だから、なんで、こんなたくさんの薬が必要なんですか。それを一つ一つ説明してください」
私は再び声を荒げる。
「いや、あの・・」
ついに医者は、声を発することすらできなくなった。
「説明して下さい」
だが、私はさらに追及する。
「ちゃんと説明してください。母は治るどころか、以前よりも、もっとひどい状態になっているんです」
私は興奮してさらに声を荒げる。だが医者は、もう回路の壊れたロボットみたいに、首と目がきょどきょどと奇妙に動き回るだけになっている。
バタンッ
そこで、突然診察室のドアが勢いよく開いた。そして、診察室に恰幅の良い年配の看護士がどかどかと入ってきた。
「時間です」
そして、私の隣りに立つと、そのメスゴリラみたいな顔で睨みつけるようにして私を見下ろした。
「でも、まだ何も聞いていませんが」
私は抗議する。
「時間です」
しかし、看護婦は全く動じない。
「時間です」
「・・・」
その迫力に私は、出て行くしかなかった。
「あのちょっと」
「はい」
病院を出て行こうとする私を、受付の看護婦が呼び止めた。
「千二百円になります」
診察代まで払わされた。
「あんな奴に母は・・・」
帰り道、怒りと悔しさが込み上げて来て、私は泣いた。
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