第3話 供養
「・・・」
私の目の前にあったのは、膨大に積み上がったゴミの山だった。私はこの地域一帯のゴミが集積される、街の外れにあるゴミ焼却場にいた。
「二丁目だったら、この辺りじゃないかな」
焼却場のおじさんの言葉が終わらないうちに、私はゴミの山に飛びついていた。私は腐臭を放つゴミを掻き分け、掻き分け骨壷を必死で探した。
しかし、ゴミはあまりに膨大だった。
気付くと私の手や腕は血まみれになっていた。飛び出した金属片などが、素手に当たりそこかしこを切っていた。
「お譲ちゃん、どんなだいその骨壷は」
「えっ」
見ると、仕事を終えた焼却場のおじさんたちが、ズラリと並んでいる。
「あの、小さなこれくらいの・・、白いちゃちなやつで・・、あの、百均とかに売ってそうな・・」
自ら説明していて、あまりの小ささに絶対見つからないと思った。
しかし、おじさんたちは、ゴミの山に散らばって行った。
「お譲ちゃん見つかるといいな」
おじさんの一人が声をかけてくれる。
「ありがとうございます」
だけど、状況は絶望的だった。絶対に見つかるはずはない。
「お譲ちゃん。これかい?」
みんなで探し始めてすぐだった。
「あっ、それです」
まさしくそれはあのちゃちな骨壷だった。予想外に、案外かんたんに見つかってしまった。
「あっ」
でも、蓋が無くなっていて中身の遺骨は消えていた。
「・・・」
私は空っぽになった骨壺の中を見つめ、茫然と立ち尽くした。
「残念だったね」
見つけてくれたおじさんが声をかけてくれる。
「いえ、ありがとうございました」
私は一緒に探してくれたおじさんたちに何度もお礼を言ってその場を去った。
「もう誰にも渡さない」
私は、はたと立ち止まり、骨壷に手を突っ込み内側を手で擦り上げた。かろうじて内側に残っていた灰が私の指に白く付着した。私はそれを口の中に入れ、丁寧に舐めた。
「雅男、もうずっと一緒だよ」
私は瞼を閉じた。
「雅男・・」
温かい何かが私の中に溶け込んでいった。
「雅男・・」
やさしかった頃の、あの希望に燃えていた雅男の姿が浮かんだ。
「ごめんね。ちゃんと供養してあげられなくて・・」
私の目から涙が流れ落ちた。
「・・・」
雅男の一部は、ゴミの中に捨てられてしまった。私は雅男の過酷だった人生を想った。
「最後の最後まで・・」
残酷過ぎるほど過酷だった雅男の人生は、死して尚、最後の最後まで悲しいものだった。
私はたまたま通りがかった公園に入り、そこのベンチに力なく座った。雅男という存在の辿った運命に私はとてつもない悲しみを感じた。
「お譲ちゃん、誰か大切な人が死んだね」
「えっ」
突然声をかけられ、驚いて声の方を見る。
見ると、小汚い丸坊主のホームレスのおじいさんが、私の横で、私をにこにこと見つめている。
「うっ」
風呂に入っていないのだろう顔を思わずしかめてしまう程体臭が強烈だった。しかし、その雰囲気は不思議と、何とも温かいものだった。
「は、はい」
私は答える。どうして分かったのだろうか、不思議に思いつつ私は答える。
「俺がお経をあげてやろう」
「えっ」
なんだこの人はと思ったが、なぜかこのおじいさんに、あのチベットで会った僧侶と同じ何かを感じた。
「はい、お願いします」
「よしっ、まかせろ」
私が言うと、おじいさんはその丸顔をほころばせて私の手の中にある骨壺に向かってお経を唱え始めた。
「ナモ~、タッサ~、アラワトォ~、アラワトォ~、サンマ~、サンブッタッサ」
おじいさんのあげるお経は、普段聞きなれたものとは違い、なんだか不思議な言葉と響きのするものだった。
でも、お経を唱えてもらうと、やはり、不思議と死んだ魂の悲しみが、鎮められていくような気がした。
「なんかいつも聞くお経と違いますが・・」
お経を唱え終わったおじいさんに私は訊いた。
「これはパーリ語のお経だよ」
「パーリ語?」
「うん、古代インド語さ。お釈迦様が生きていた時代に使われていたとされる言葉さ。とても功徳があるんだよ」
にこにこと、なぜかうれしそうにおじいさんは言った。
「そうなんですか」
「うん、私はタイのお寺で何年も修行していたんだ。そこではこのパーリ語のお経を毎日唱えていたんだ」
「そうだったんですか。それで」
「うん、はははっ」
おじいさんは丸顔をほころばせて子どもみたいに笑った。その笑顔は、見ているこっちがなんか癒されてしまうような、何とも邪気のない無垢な笑いだった。
「お役に立てたかな」
おじいさんはにこにこと言った。
「は、はい、とても。ありがとうございました」
「うん、そうかそうか、よかったよかった。ははははっ」
私がお礼を言うと、おじいさんはそう言って、立ち上がり、そのまま去って行こうとした。
「あ、あの、何かお礼を」
その背中に、私は慌てて声をかける。
「はははっ」
しかし、おじいさんはただ笑うだけで、そのまま行ってしまった。
「・・・」
私はその背中を見つめながら、もしかしたら、あの人はものすごく徳の高い人なのかもしれない、そう思った。
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