神様は明後日帰る 第6章(新しい旅立ち篇)

ロッドユール

第1話 たった一人のお葬式

 雅男のお葬式は私一人でやった。雅男の親戚、関係者を調べ連絡したが、誰も来ようとはしなかった。人を殺した雅男は、完全に親戚縁者から縁を切られていた。

「じゃあ、ここ出る時は鍵だけお願いしますね」

「はい」

 役所の人は事務的な事だけ、必要最小限合理的に済ませ、さっさと帰って行った。

お金の無い私は、役所に紹介された公民館の狭い簡素で無機質な一室で、ぽつんと一人雅男の遺体と向き合っていた。もう涙は出なかった。古い畳の上で正座する私の前で、静かに線香の細い煙だけが揺れていた。

 お坊さんを呼ぼうと何件か当たってみたが、「お金あるの?」と言わんばかりの胡乱な眼で見られ、やめた。

 だから、私は雅男の前でただ一人、雅男に対する思いと共にそこにいた。様々な思いと感情が、私の中にあるはずなのに、でも、それはあまりにあり過ぎてどう感じていいのか、どう受け止めていいのかまったく分からなくて、だから、ただ、目の前には静かで真っ白な空虚な時間と空気があるだけだった。

「これですね」

 次の日、通夜が明け朝が来ると、土方人夫のような真っ黒に日焼けした屈強な男たちが、ドカドカと無遠慮にやって来て、雅男の寝ている棺桶を引っ越しの荷物のようにやっつけ仕事で運び出していく。

「あの、あの・・」

 私は声をかけようとするのだが、その勢いに飲まれ、話しかけられない。

「話は役所の方から聞いてますんで」

 最後に酒焼けした赤い顔のおっさんが、陽気にそう言うと、雅男の遺体はあっという間も無く、おんぼろのワゴン車に乗せられどこかへ行ってしまった。

「あ、ああ」

 車が去った後で、事の重大さに気付いて私は慌てた。私はすぐに役所に電話したが、電話をたらいまわしにされ、まったく話が通じない。仕方なく近くの火葬場を何件か調べ、手当たり次第に回った。

「ああ、塚本雅男、塚本雅男、ああここですね」

 前歯の一本無い、人生のあらゆる辛酸を舐めてきたボロ雑巾のようなしわしわの丸顔をした職員のおじいさんが、何やら書き留めたノートをめくりながら人良さげに言う。七件目でやっと雅男は見つかった。

「丁度焼き上がったところですよ」

 郊外の古びたゴミ焼却場のような火葬場で、改めて対面した雅男はもう骨と灰だけになっていた。

「無縁仏って聞いてますけど、どうされます?無縁仏でしたら、もうこちらで処理しちゃいますけど」

「あの、私、持って帰りたいんですけど」

「ああ、いいですよ。その方がこちらも助かるし」

 百均に売っているような、いかにも安っぽい薄手の骨壺に入れられた骨を持って、私は埋葬してくれるお寺を探した。

「お金は?」

「あの今はあの、でもいつか・・、あの・・」

「お金ないとね。今の時代供養できないからね。常識でしょ。そういうの。それに戒名とか、戒名だってうち三十万は掛かるよ。最低」

 妙に肌艶のいい色白の坊さんは、その大きな目でぎょろりと私を見据えた。

「・・・」

 どこを回っても、似たような対応で、いい顔はされなかった。それでも何とか、形だけでも弔ってやりたかった。

「そうですか。そういう事情でしたら」

 何件か回ってやっと、受け入れてくれるお寺を見つけた。

「ここですけど、いいですか」

 そこはほとんど日の差さない、寺の北側の端のトイレの隣りにある、苔むしたなんともジメジメとした、汚いゴミ溜めのような場所だった。

「あっ、はい」

 もっと、良い場所に埋葬したかったが仕方なかった。

「ごめんね。お金が出来たら、ちゃんとしたとこ見つけるから・・」

 私は雅男に謝りながら、その無縁仏たちの眠るそのお墓の中に骨壺を入れた。

「じゃあ、三十万」

 墓の下に骨壺を入れた瞬間、住職が言った。

「えっ、お金取るんですか」

「当たり前でしょ」

「でもさっき・・」

「まあ、もろもろの諸経費は、って事ですよ」

「でもお金無いんです。借金とかあって・・、あの・・」

「ああ、大丈夫、大丈夫、知り合いにお金貸してくれるとこあるから、三十万だったら何とかなるでしょ」

 そう軽く住職は言うと、何やらどこかへ電話をしだした。そして、すぐにやってきた坊さんの知り合いという金融業者は、明らかに堅気では無かった。今までさんざんその手の人たちを見て来たので、それはすぐに分かった。

「あの、やっぱりいいです」

 私は再び雅男の骨壷を抱えて、その場から逃げるように立ち去った。

「・・・」

 それから、私はなんだかよく分からないまま、どうしていいのかも分からないまま、雅男と一緒にただ街を彷徨うように歩いた。死してなお、この社会に居場所のない雅男が不憫だった。雅男の生きてきた理不尽が思い出されて、堪らない思いになった。お通夜の時には、欠片も浮かんではこなかった、その切ない感情が、こんな時に、溢れるように湧き出してきた。

 そして、辿り着いたのは、港だった。自分でも気付かず相当な距離を歩いていたものらしい。

「・・・」

 海などいつ以来だろう。あまりに忙しく、様々なことが起こり過ぎてその存在すら忘れていた。久しぶりに見る海は、どこまでも大きく、心地よかった。私はここだと思った。

「ごめんね。雅男」

 私は雅男の遺骨を港の端に立ち、広大に広がるキラキラと輝く海に撒いた。海は雅男の遺骨を飲み込んでも、何の変哲も無く揺れていた。

「おいっ、そこで何やってる」

 突然、背後で鋭い声がした。

「えっ、あの」

 私は慌てて振り返る。

「海にゴミ捨てるんじゃないよ」

 いつの間にかバイクに乗った、見ただけで不気味さを感じるほどの目の細いメガネを掛けた若い警察官と、もう一人、乗っている百五十CCのバイクが軋む程の巨漢の警察官が、横柄な感じで私を睨みつけていた。

「いえ、あの・・」

「何捨ててるんだ」

「あの遺骨を・・」

「ちょっと、交番まで行こうか」

 細目の警官が言った。落ち着いていたが、有無を言わせない言い方だった。その後ろで巨漢の警察官が私をその肉厚の細い目でじっと見つめていた。その目は、何か巨大な粘体性の生き物が、その獲物を見つけた時のような粘つく目だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る