二章・LV666の冒険者

レベル666の冒険者。1

「あら、お帰りなさいー。 はやかったですねー」


 バーンダーバとフェイが冒険者ギルドの扉を潜ると、受付嬢の高い声が出迎えた。


「随分と大荷物ですねー」


 バーンダーバの背中には木を組んで作った背負子が背負われている。


 体長2mを越えるライカンスロープの毛皮が6つ、正面から見てもバーンダーバの頭上からはみ出している。


 バーンダーバの後ろに立つフェイも、大きな麻袋を2つ持っている。


「あぁ、ライカンスロープという魔物の毛皮なんだ。 たまたま出会った冒険者に高く売れるから持っていった方が良いと教えて貰ってな」


 目の前にドサッと置くと受付嬢の顔が全く見えなくなった。


「すみませーん、素材の買い取りは奥の部屋になりますー」


 積まれた毛皮の横からヒョコっと顔を出し、カウンター横の通路の奥を手で示す。


「そうか、すまない」


「いえいえー」


 バンはカウンターから毛皮を持ち上げて奥へと入っていく。


 扉を開くと中はぐるりと棚に囲まれ、棚には木箱がぎっしりと並び、木箱の中には鉱石や毛皮、角、鱗、ビン詰めにされたナニか。


 ざっと目に入っただけでも、バーンダーバにはなにやら分からないものが100はあった。


「すまない、ちょっと待っててくれ」


 棚の影から男の声が聞こえる。


 バーンダーバは返事を返すのも忘れてカウンター越しに木箱の中身を凝視している。


「…… お待たせ、おや、見ない顔だな。 駆け出し、にも見えないが? どういったご用かな?」


 棚の後ろから顔を出したのは眼鏡をかけた、声のわりには若い男だった。


「あぁ、忙しそうなところをすまない。 買い取りを頼みたいんだが」


 バーンダーバが床に置いていたライカンスロープの毛皮をカウンターの上に置いた。


「ほほぅ、ライカンスロープか。 なかなかでかいな」


 触りもせずに男が言い当てる。


「凄いな、見ただけで分かるのか」


「まぁね、商売でやってるから。 冒険者ライセンスを見せて貰えるか?」


「あ、それは私が」


 フェイがバーンダーバの後ろから首に下げたプレートを見せる。


「ん、ハーフブルー? どうやってライカンスロープを仕留めたんだ?」


 男が訝しげな顔になる。


「私じゃなくて、こちらのバンが仕留めたんです。 その、お金がなくて、冒険者登録がまだなんですよ」


 話すフェイを、男が何事かを考えながら見る。


「ふむ、まぁ、事情持ちか。 ジュリーが依頼を受理したんだろう? ならいい、余計な事を聞いたな。 品を見せて貰おう」


 ジュリーとは、受付嬢の事だろうか?


 バーンダーバはそんなことをぼんやり考えながら、男が背負子に縛られた毛皮を慣れた手付きでほどいて毛皮を広げるのを眺めていた。


「ほぉ、これは」


 毛皮を見る男が嬉しそうな顔になる。


 全てを広げ終え、検分が済むとようやっと顔を上げた。


「素晴らしいな、どれも胸に一つ小さな傷があるだけだ。 こんなに綺麗な状態のライカンスロープの毛皮はなかなかお目にかかれない。 剥ぎ方が少し気になるが、これなら相場よりもかなり高値で引き取ろう」


「本当か、それはありがたい。 ちなみにだが、剥ぎ方が気になるというのはどういう事だろうか?」


「切れ込みの位置は悪くないが、剥ぐ時に力任せに引っ張りすぎている。 剥ぎながらもう少し丁寧に皮と肉の間の膜にナイフを入れてやればもっと綺麗に剥げるはずだ」


 毛皮を手に、男が説明するのをバーンダーバが見つめる。


「なるほど」


 バンに説明している男の目がフェイの抱える麻袋を見た。


「ん、すまない。 そちらの麻袋も見せてくれ」


「よろしくお願いします」


 フェイが両手に抱えていた麻袋をカウンターに置いた。


 男がさっと結び目をほどいて麻袋を開く。


「ベルランに…… ほぉ、これは空の騎士ナイトイーグルか」


「凄いな、鳥の羽根まで見ただけで分かるのか」


「いや、そういう職業だからな」


 バンの素直な称賛に男が恥ずかしいような呆れたような顔になる。


「そうか、すまない」


「まぁ、誉められて悪い気はしないが。 このベルランは随分と丁寧に摘んであるな、素晴らしい。 愛を感じるね」


 ベルランを1つつまんで目前に掲げる男の顔に笑みが浮かぶ。


「摘み方はフェイに教わったんだ」


 バーンダーバが少し誇らしげにフェイを示す。


「そうか、良い冒険者だ。 乾燥させて砕くから同じだと思われがちだが、最初の摘み方で後の香りが結構違うんだ。 買い取りにも、少し色をつけさせて貰うよ」


「ありがとう、それと、ひとつ頼みたいんだが。 このライカンスロープの毛皮を剥ぐのを手伝ってくれた冒険者がいるんだ、グレイソードというパーティなんだが」


「グレイソードか、彼らもなかなか良いパーティだよ」


「あぁ、知っているのか。 一緒に食事を取ったんだが、とても気の良い冒険者達だった。 この毛皮の半分を彼らに渡してほしいんだが、頼めるだろうか?」


「半分? 3枚分をか?」


「あぁ、解体をほとんど手伝って貰ったんだ」


「良いのか? このライカンスロープの毛皮なら、1枚につき大銀貨3枚は出すぞ?」


「あー、フェイはそれでも構わないか?」


 バーンダーバが貨幣の事を言われてピンとこなかったのでフェイの顔を見る。


「はい、良いと思いますよ」


 フェイはバンに笑顔を返した。


「だ、そうだ。 よろしく頼む」


 なぜか安心したようなバーンダーバの表情を見て、男が笑った。


「アンタも、良い冒険者になりそうだな。 俺はワグナーだ、よろしくな」


「よろしく、ワグナーさん」


 ワグナーが麻袋からベルランとナイトイーグルを取り出して秤にかける。


「ライカンスロープの毛皮3枚、相場じゃ大銀貨2と銀貨5枚だが、大銀貨3枚で買い取ろう。 ベルランは大銀貨1枚だが、これも銀貨5枚付ける。 ナイトイーグルは相場の大銀貨2枚。 合わせて金貨2枚と大銀貨2枚と銀貨5枚、支払いは金貨を混ぜるか?」


「あー、どうする? フェイ」


 またしても、貨幣の事を言われて困った顔になるバーンダーバ。


「支払いは大銀貨と銀貨に、銀貨1枚分を大銅貨でお願いします」


「わかった」


 ワグナーが引き出しから硬貨を取り出して受け皿に並べる。


「確認してくれ」


 バーンダーバがフェイを見る。


 バンの代わりにフェイが硬貨を数える。


「はい、確かに」


「なんだ、どこかの貴族かなにかか?」


 2人のやり取りに、ワグナーがおかしそうに笑う。


「えーっと、貴族ではないんですけど。 最近、故郷から出たばっかりで、その、ヒュームの生活様式になれてないんですよ」


 フェイがなんとも苦い顔で説明する。


 だが、エルフ族も交易などで頻繁にヒュームと接するので金銭感覚の無いエルフは余程の貴族階級でない限りいない。


「エルフにも色々いるんだな、お守りご苦労さん。 これがベルランの受理書だ、受付のジュリーに渡してくれ」


「すみません、ありがとうございます」


 フェイの礼に、ワグナーは肩を竦めただけで先程までの作業に戻った。


 バーンダーバもワグナーに礼を言って、二人で素材受付の部屋から出た。

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