第430話「ナイフを新調する」
朝起きるとナイフにひびが入っていた。どうやら俺の荒っぽい使い方に耐えられなかったらしい。いくら時間停止を使用して頑丈な状態を保っていても、この前のように強大な魔力に叩きつけるようなことをすればダメになるらしい。魔法でいくらでも依頼はこなせるが、武器無しというのは少し不安だ。しょうがない、新しいのを買うか。
朝食に追加料金を払って牛肉のステーキを注文してから、貼り出してある村の地図を見る。さすがは観光地、店と名のつくものは全て書き込まれている。もちろんこの宿も書かれている。この宿にこの宿の所在地を書くことにどれだけの意味があるのか不明だが、きっと大量生産して配布しているのだろう。一個一個変えるより同じものを大量生産した方が安いからな。
「クロノさん、今日は観光ですか?」
俺が熱心に地図を読んでいたので給仕さんに声を掛けられた。
「ええ、そんな所です。ところでオススメの武器屋はありますかね? 数件この村にあるようですが」
「武器屋ですかあ……そういった荒事には詳しくないのですが、そうですね、この『星屑』と書いてあるお店が評判がいいようですよ」
「そうですか、参考になりました」
そして食事を終えて宿を出た。『星屑』はオススメということなので最後に回ることにして、始めに宿から一番近い『鉄塊』という店に向かった。
「あれ? クロノさん! いいところで会いましたね!」
よく知った声がかかる。しかし今日の俺には正当なお断りをする理由があるのだ。
「リースさんですか、今日は依頼を受けられませんよ」
にべもなく断る俺に慣れたものだという表情で俺に話を続ける。
「それほど大した敵は出てきていませんがね、クロノさんにお願いしたい依頼はあるんですよ、受けてくれませんか?」
俺は黙ってストレージから刃の砕けたナイフを取り出した。
「メイン武器がこのザマでしてね、まさかリースさんが死にに行けとは言わない程度に倫理観を持っていることを信じていますよ?」
「あー、武器が壊れちゃいましたか……しょうがないですね、じゃあ依頼はしっかり取っておきますので早めに新しい武器を調達してくださいね!」
そう言ってギルドに出勤するリースさんを見送って、俺は道を歩き『鉄塊』の前についた。建物の見た目は無骨の一言だった。時間停止で固定するのでちょっとやそっとでは壊れないナイフにエンチャントするので別に素体が頑丈である必要は無い。むしろ魔力に対する耐性が高いことの方が重要だ。
カランカラン
店に入ると店長が『いらっしゃい』とだけ言って特に話しかけてこなかった。好きな武器を選んで持って行けということだろう。
基本的に頑丈さを重視した武器が並んでいる店だ。中には多少魔力耐性があるものもあるが、基本的に巨大な魔力に晒すと崩壊してしまいそうなデリケートなものが並んでいる。
店を隅々まで見ていったが、以前持っていたナイフほど魔力耐性のあるものはなかった。
「邪魔したね」
それだけ言って店を出た。ここは戦士向けであって魔導師に向いた武器はなさそうだ。仕方がないので次の『陽光』と言う名前の店に向かった。この調子ではあまり期待はできないだろうがしばらく持ってくれれば使い捨て感覚と割り切ることも必要かもしれないな。
『陽光』という名前の店はきらびやかな装飾に満ちていて、一見貴金属店と見まごうほどだ。気後れするものの、幸い金銭には余裕があったので店に入った。
『いらっしゃいませ!』
店員総出での歓迎をされた。買わずに出るのが大変になるからそういった愛嬌を振りまかれても困るのだが……
「どういった武器をお探しでしょうか?」
この店は店員が武器を選んでくれるらしい。俺は『とにかく魔力耐性の高いやつを』と注文すると、店員が下がってごにょごにょと話し始めた。
「どうするんだよ、マジで戦闘用の武器をお求めだぞ……」
「そんなこと言ったって……訊いた手前ここは実用性がないですとは言えないじゃないですか!」
「バカ! お客さんに聞こえるだろうが」
いやー……丸聞こえなんですよねえ。どうやらこの店に実用的な武器は置いていないらしい。ショーケースに入った金や銀で装飾のついた剣やナイフが見えるが、どれも魔法に耐性なんて無ければそもそも武器として扱うのにさえ向いていないようなものが並んでいる。
「その……お客様……当店は……」
「ごめんなさい! 用事を思い出したのでまた余裕のある時にしますね!」
それだけ言って店を退散した。こんな実用性のない武器を高額で買わされても誰も得をしないのだ、こういうのは金持ちの道楽で買って飾っておくようなものだ。買いたいものは買いたいやつが買えばいい。俺にとってはこの店の装備は不用な品だ。
店を出る時に店員の安堵のため息が聞こえたような気がしたが気のせいだろうか、お互いのために深く関わり合わなかったのでセーフとしておこう。
そして本命の『星屑』という店にやってきた。この店は店外にカゴが置いてあって一本いくらの決まった代金で変える安い武器が置いてあった。防犯意識も何も無い状態だが、ぱっと見ただけでも高額がつく武器は置いておらず、一山いくらの武器だったのでこうして安売りをしているのだろう。
キィ
ドアを開けて店内に入ると雑多な武器が展示されていた。ワンドやロッドまで置いてある。そこら辺は今必要無いので無視してナイフを探しに向かった。店主の老人がウトウトしながらこちらに視線を向けて再びうたた寝に戻った。この店でめぼしい武器があるのだろうか?
収納魔法を使えばブロードソードであってもしまうのに不自由はないので強力な武器なら問題無いのだが、この店のお高い武器は魔力耐性があまり高くはないようだ。そしてナイフのコーナーに来ると一本の変わったナイフに目がいった。
『高級金属ヒヒイロカネ使用! 切れ味抜群のナイフ』
そう書かれた紹介文を見て興味が湧いたので手に取ってみた。やや黄色みを帯びた刀身は魔力に対する耐性が非常に高いようだ。これならしばらくは使い物になるだろうな。
他の剣などを見たがそこまでの耐性を持った武器は存在しないようなのでこの一本をもって店主のところへ行った。
「これをくれ」
「なんじゃ……この武器は若造には早いぞ……まあウチも客商売だから売るがな、いいか、武器に使われるようなことになるなよ? ウチは人間が使う武器を売っている店だからな」
「分かってる、そいつはなかなかの切れ味がありそうだしな。当面それでいこうと思っているから売ってくれ」
「ほん、結構な自信じゃのう……金貨千枚じゃがお主に払えるのか?」
おやお高いな。ストレージ内に入っている金貨からすれば大した量ではないし、長持ちすることを考えたら安い買い物と言ってもいい。
ストレージから金貨の袋を取り出してドンと置く。店主は目を丸くしていたが、すぐに数を数えだした。
勘定待ちの人へのサービスとしてキャンディが置いてあったのでそれを一つ口に含んで計数を待つ。
「九百九十九……千。たしかに千枚受け取った、それはお主のものじゃ好きに使って構わんが魔物にナイフごと食われたりするなよ」
「当たり前でしょう、そんなマヌケなことをするはずがないじゃないですか。このナイフで依頼をガンガンこなしていきますよ」
店主はフンと鼻を鳴らして見送ってくれた。
なかなか良いものを買えたので宿に帰ってエンチャントをしておいた。ヒヒイロカネとは聞いたことが無い素材だったが、しっかりと耐久力があり、切れ味が最高のレベルで時間停止をかけられた。これで当分は苦労しないで済みそうだなと安心してその日は一日終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます