第271話「あちこちで英雄扱いされた」

 朝、朝食を食べているととなりのテーブルで食事をしていた家族の娘が俺の方へやってきた。


「クロノさん? えいゆうさんだ!」


 俺は思わず食べていた肉が喉に詰まってしまった。俺の名前を知っている!? しかも英雄って……


「ええっと……俺はクロノだけど英雄じゃないよ、いいね?」


「クロノしゃんはえいゆうじゃない?」


「そう、よく分かったね、じゃあ俺の事は気にしないようにね」


 そう言って子供を帰した。しかしその日は随分と厄日なようで料理が注文以上に運ばれてきた。


「あの、これは頼んでないんですが?」


「アリーシャちゃんを助けてくれたお礼です。私、あの子と友達なんですよ! クロノさんが助けてくれたって評判なんですよ!」


「あの子が喋ったのか?」


「ええ、ギルドで言いふらしていたわ。怪我も負ったはずなのにほとんど傷も残っていないって嘘か本当か分からないことを言ってましたよ」


 ああもう! なんでそうそうトラブルの方が向こうからやって来るんだ! 俺はちょっと人助けをしただけじゃないか! しかも向こうからの依頼でしっかりお金を貰った上での仕事だぞ。そんな褒められるようなことはしてないっての。


「そんな褒められるようなことは……」


「まあまあ! 私の友達を助けてくれたお礼って事ですよ。私のお給金から出しますから気にせず食べてください」


「は、はぁ。分かりました。では頂いておきます」


 食べ物は確かに美味しいし善意で行ってくれた奢りなのだろう。食べ物を粗末にするのももったいないし食べられるものは食べておこう。


 給仕さんが持ってきてくれたのは牛肉のステーキだった。まだオーク肉もあるだろうが、しっかり俺の好みを考慮して牛肉で持ってきてくれたのはありがたい。


「やっぱりえいゆうさんだ!」


 さっきの子供が今のやりとりを聞いて嬉しそうにこちらを見ている。その声に他の客もこちらをジロジロ見てきた。アリーシャってそんなに有名人だったのだろうか?


「ほら……アリーシャちゃんを助けたって言う……」


「ああ、ゴブリンをちぎっては投げちぎっては投げ、を繰り返したらしいな」


「なんでもドラゴンを狩ったことがあるって噂だぞ」


「バカお前、そんな噂信じてるのかよ? ゴブリンとドラゴンじゃ天と地の差だぜ」


 言いたい放題だな。まあ好きなように言ってくれ。俺に関わらないかぎり発言については自由だ。精々好き放題に噂をばらまけばいいさ。


「ごちそうさま」


「ありがとうございました!」


 そう言って俺を送り出した。後ろで噂話をしている連中をあとにしてギルドに向かった。ギルドではそんな無根拠な噂は流れていないだろう。まあ救助した実績は残っているかもしれないが、アリーシャにまともな記憶は残っていないのだからな。


 そう考え、俺はいつも通りギルドへ向かった。平和な日常が待っているだろう。安い依頼を適当に片付けて日銭を貰う、そのつもりで俺はギルドのドアを開けた。


「あ! クロノさん! 先日はどうも助かりました!」


 忘れてた……アリーシャがギルドに所属していたことを……いや待て、アリーシャはあの時の大半の記憶がないのだ、時間遡行の影響で消えた記憶から話が大きくなったりはしないだろう。


「見ろよ、アリーシャのやつを無傷で助けたやつだぜ!」


「あそこ、ホブゴブリンもいたんでしょう? なんで無傷なのかしら?」


「ロールさん……余計なおしゃべりは感心しませんね……」


 俺が低い声でそう言うと必死の弁解が返ってきた。


「いえ……あの……ギルドとしてもゴブリンの巣の調査は必要でして……そこの調査結果はオープンにしないと運営として問題がありますし……」


 ギルドの情報公開ってやつか。確かにリベートを貰って高額報酬を支払っていたギルドがあるとは聞いたことがあるが、アレは開示を求めないと詳細調査なんてしなかったはずだ。


「誰が調査なんて依頼したんですか? ただ単にアリーシャを助けただけで報酬もそんなに高くないですし、わざわざ怪しむ人なんていなかったでしょう?」


「アリーシャさんですよ。なんの怪我もなく助けられたのでおかしいって主張されまして、ギルドとしても自作自演の可能性を調査しないわけにもいかず……」


「俺とアリーシャさんがグルになってた可能性があると?」


「いえ、アリーシャさんがその噂を否定するためにゴブリンの巣の調査をギルドに依頼したんですよ。冒険者なんて信用商売ですからね」


「要するにアリーシャさんを簡単に助けたのでアリーシャさんの実力が疑われないようにともいうことですね。無傷で助けられるような相手に捕まったなんて思われたくないと」


 ロールさんは渋々と言った風に頷く。


「随分と苦労しましたよ、ゴブリンの巣は滅茶苦茶になってますし、死にそうなゴブリンにトドメを刺して、ゴブリンウィザードの死体まで運んで……大変だったんですからね!」


「それはどうもご苦労おかけしました。とはいっても俺は悪くないでしょう!?」


 ロールさんは呆れ顔で俺を見る。ゴブリンウィザードの死体を見つけたのは驚いたかもしれないが、調査なんて怪しいときにしかしないものだ。


「クロノさんの報酬を支払ってあげられなかったのは謝りますけど、ゴブリンウィザードまで出てきたならちゃんと報告してくださいよ! アリーシャさんは何も覚えていないから事前情報無しだったんですよ、討伐した相手くらいは報告してくださいよ」


「ゴブリンウィザードだってゴブリンの一種でしょう? そんなに驚くようなことではないでしょう?」


「クロノさん……正気ですか? ゴブリンでも上位種になると討伐報酬が上がるんですよ? あそこで報告していればあと金貨十枚は払う約束ができたんですよ? ソレをふいにしてもったいないと思わないんですか?」


 俺は全てを諦めた。あの時ゴブリンウィザードをきちんと報告せずに依頼を済ませた俺が悪い。精々英雄扱いだって長持ちするような噂でもないだろう。


「ロールさん、エールをお願いします」


 ロールさんは首をかしげた。


「今日は依頼を受けないのですか?」


「こんな見世物状態で依頼なんて受けたら野次馬が出てきそうですしね、噂なんてすぐに消えますよ、それまではお休みということで」


「依頼、貯まってるんですけどねえ……」


 ロールさんも諦めて席に着いた俺にビールを提供してくれた。そして数日、酒を飲んでは肉を食べ手を繰り返し潰れてしまったのだが、ギルドから英雄が酒で潰れて愚痴っていると噂が立って、ゴブリンウィザード討伐の噂は『元からゴブリンウィザードは死んでいたのではないか』という噂が立って、俺の英雄譚はすぐに陳腐な物になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る