第99話「旅の先へ」

 俺は平原を歩いていた。大した敵は出てこない。せいぜいさっき出てきたグリフォンくらいしか出ていない。サクッとストップをかけて動きを止めたあと放置しようかと思ったのだが、グリフォンが俺の前に出てきたときに『小さきものよ云々』と人を舐めたことを言ってきたので、時間を止めてから羽をいくらかむしって爪を全部切り取っておいた、素材としてそれなりに売れるだろう。殺さなかったという温情分はこのグリフォンに感謝してもらいたいくらいだ。


 川のほとりを歩いているとサハギンが襲いかかってきたので『ストップ』をかけたところで腹が減っていることに気がついた。


 ナイフで巨大な魚をさばいていく。牛などと違って解体しやすいのが水生生物のいいところだ。


 魔法を付与しているわけでもないただのナイフで肉を切れるのがとても気持ちいい。内臓を捨てて肉の部分を取り分ける。


『フレイム』


 魔物を倒すにはあまりに力不足な魔法だが、種火を起こす程度には使える。ジリジリと集めた小枝に火をつけて、木の枝に刺した魚の肉をチリチリと焼いていく。


 ストレージから塩を出して少し振りかけ香ばしい匂いが食欲を刺激する。肉の色が変わりきった当たりで火から離し肉にかじりついた。


「うまい!」


 思わず声が上がる、あの町では魚肉さえ食べられなかったので肉に飢えていた、そんな俺にはぴったりの食事だ。塩辛さとさっぱりとした魚の肉がうまみを醸し出している。


 モグモグと食べていると生きているなと実感する。生きているものを食べるというのは生の実感を得るための行為だろう。食べていると生きていてよかったと思える。


 あらかた食べ終わったところで再び旅に出ようとしたところで声をかけた。


「食べたいのか?」


 焼けたのを一本残しておいたので放っておいても食べるだろうと思ったが、一応岩陰からこちらをじっと見ている少女に声をかける。気づかれていると思っていなかったのだろう、ビクリと驚いてかすごすごと出てきた。


「あの……本当にいいんですか?」


 出てきたのは十代前半の少女、俺は詳しい事情を聞くのを放棄して串をずいと刺しだした。


「あ……ありがとうございます!」


 そうしてパクつく少女に「食べてないのか?」と尋ねた。


「はい……実は「おっと、そこから先はいう必要無い、ただ単にお前が見ていたから食べさせただけで人生に責任を持つ気は無いからな」」


 しょぼんとした少女に俺は町への方角を教えてやった。ミノリ町はそれほど裕福ではないが食事にありつくことくらいはできるだろう。目の前の少女も慣れてはいないものの戦闘するために筋肉をつけている様子は見て取れる。


 サハギンの肉を食べ終わった少女は俺に頭を下げて町の方へ向かっていった。人はそれぞれ同じ人生を生きていない、そうだというのに深く関わろうとするべきではないんだ。


 少女を見送ってから地図を広げる。次の町までの道のりは把握済みだ。何の障害も見当たらない道を行くだけという退屈な体験だが、案外俺が求めていたものはそういう生き方なのかもしれない。平穏無事に世界をめぐる、そんな楽しいことがそうそうあるだろうか?


 いくらか歩いてくると大きな湖が見えてきた。ここは地図に載っている観光スポットだな。といっても俺は湖を愛でるような高尚な趣味は持っていないので通り過ぎるわけだが……


 広いな……思っていたより大回りになりそうだ。時間のロスはもったいないし……あれを使うか。


『ストップ』


 俺は湖一面の時間を止めた。こうすれば水の上でも歩くことができる。直線ルートが取れて一番早い道だ。湖の上を歩くというのもなかなかできない方法だ。海では全てを止めるわけにはいかないし新しい波が来て難しいが、凪いでいる湖程度なら停止させることはできる。


 水の上から見る止まった景色は普段見ないものなので心に留め置いた。湖がそもそも少ないからな。ここまで大きいものを見たことはなかった。


 下の方で銀色の魚がキラキラ光りながら時間停止で寸分たりとも動くこと無くと待っている。


 外周の無駄に広い湖を越えたので時間停止を解く。一瞬で水は流れ出しいつもそうしているであろう通りに水も魚も動き出した。


 ここで湖を上から見せるのは商売になりそうだな……こんなところに留まる気は無いけれど……


 そんなことを考えながら湖の畔の道に合流して俺は町へ向けて歩いていく。その先にはきっと希望があるのだろうから。

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