第44話「魔導器機と時間魔法」
その日、町を歩いていると行商人らしきおっさんが実演販売をやっていた。興味があったのであまり多いとは言えない見物人の一人になって商品のアピールを眺めていた。
行商人は氷のかたまりをとりだして、商品らしい箱に放り込む。それに小さめの魔石を箱の上面に付いているプレートにはめて……
「なんとこの箱では極地並みに寒い環境を再現でき、食料品は長期の保存が可能になるのです! これはペルチークーラーと呼ばれる新発明で……」
徐々に客は離れつつあったが俺は興味を持ったので見物していた。
「これによって肉などを燻製などにしなくても長持ちするわけですな」
なるほど、魔石を使った冷却装置か……肉を塩漬けにもせず、燻製する必要も無く傷まないというのは便利なのかもしれない。俺には関係のない話だがな。
時間停止を使用した方が圧倒的に効率よくほぼ無制限に保存できるのだが、それは俺個人のスキルに頼っているのであまり比較するようなものではないだろう。
「皆さんにはこの画期的な発明を購入する権利があります!」
残った数人が騒いでいるが、トークの時間は終わったみたいだし、売り込みには興味が無いのでその場を後にしようとした。そこで行商人が俺に声をかけてきた。
「お客さん! 旅人用に持ち運べるサイズもありますよ!」
「悪いですけど俺は収納魔法が使えるので間に合ってます」
「しかし収納魔法では食材が傷むでしょう? これを使えば解決しますよ!」
食い下がるなあ……
「俺の収納魔法は生ものも入るので問題無いです」
ガヤガヤと少し人々が沸き立った。収納魔法は入れても時間の流れは変わらないので傷むときは傷む、俺が時間停止を使っているからちゃんと生ものでも入れられるだけだ。
「ほほう……それは随分と自信ありげですな。ではこの発明と勝負してみませんか?」
「勝負?」
そう言うと行商人は魔導具の中から氷を取り出す。
「あなたの言うことが本当ならこの氷を溶かさずに保存できるんですな?」
「ええ、できますよ」
氷くらい必要なときに魔法で生成すればいいじゃんと思っているがそれを言っては身も蓋もないので黙っておいた。
皿に載った氷を受け取りこっそり「ストップ」をかけてストレージにしまっておく。これだけでずっと溶けない氷の完成だ。
「さて、それでは自信満々であるようですし、一時間くらいは形を保っておられるんでしょうな?」
商人はしてやったりという顔をしている。一時間も氷の形を保つには氷結魔法でも使わなければ不可能だ。しかしそれは氷を冷やして形を保とうとしたときであり、時間を凍結させれば氷は決して溶けない。
魔導具を発明した人には少し可哀想だが、製品には無限に改善の余地があると言うことを理解して欲しい。完璧なものなど無いのだから俺のスキルを超えられるように頑張ってほしいものだ。
陽光が差す中で俺は商人と話をしながらしばらく時間を潰した。どうもこの商人は怪しげなものをいろいろと売り歩いているらしい。一応目利きはしっかりしていると自負しているようで、粗悪品は粗悪品なりの値段をつけているそうだ。今回のものは自信があるので『収納魔法では無理でしょうな』と言っていた。
商人は時計に目をやり、そろそろ俺の方が溶けていると判断したのだろう。氷を収納魔法から取り出して見せろと言った。
俺は言われるとおりに収納魔法からまったく溶けていない四角く角のついた氷をとりだした。みんな驚愕しているなか、俺はこっそりストップを解除した。
「なななな……なんと!?」
「もちろんその機械の中の氷も溶けてないんですよね?」
「もちろんですとも!」
そう言ってペルチークーラーと呼んでいた箱からとりだした。確かに未だに凍っている状態は保っていたのだが、溶けかかり、氷の角もすっかり丸くなっており、どちらが勝ったかは明らかだった。
肩を落とす商人に俺は声をかけた。
「まあ立派なものだと思いますよ、収納魔法も何も無しにただ放り込んでおくだけで冷たくなっているのは凄いことなんじゃないですか?」
「しかし私の商品はあなたの収納魔法に負けましたな……」
ちょっとやり過ぎたかな?
「大丈夫ですって、俺の氷だってとりだしたら同じように溶けてるでしょう?」
俺は時間停止を解除した氷を指さす。スキルの影響がなければ氷などあっという間に溶ける。この地区は割と温暖なので氷は二つとも溶けきって水になっていた。
「あの、一台その魔導具をいただけませんか? 家では肉も野菜もすぐに傷んでしまうので……」
「じゃあ俺も一台もらおうかな」
と、なんとか数台は売れているようだ。魔石の方はギルドで売っているので俺みたいなスキルを持っている人間を雇うより圧倒的に安価だろう。
「ありがとうございます!! お買い上げありがとうございます!」
なんだかんだ商人も楽しそうに売っていたので俺がその場を後にしようとしたところで商人が一言『助かりました!』と言っていたので罪の意識も多少は薄れたのだった。
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