第43話「錬金術師の手伝い」

 その日、ギルドに出向くと突然俺の手を握る少女がいた。唐突な展開に脳の理解が追いつかずポカンとしている俺に少女は用件を伝えてきた。


「なるほど、年単位の時間がかかる実験をしたいので協力が欲しいと?」


 面倒くさい案件だった。金が十分にある以上必要以上に目立つ必要はないのだが、目の前の金髪の小さな女の子はもう俺が引き受けたかのような笑顔になっている。


「そーなんですよ! 私も時間が惜しいじゃないですか? で、ここに時空魔法を使える人がいると聞き及びまして……いやー簡単に会えて良かったです! この手の人は世捨て人を気取って辺境に住む人も多いですからね」


「いや、俺はまだ引き受けるとは……というかどこから俺の噂を聞いたんだ?」


 そう、派手に時間操作などしていないので目立つことはないはずだ。勇者パーティーの繋がりかとも思ったが、ならばもう追放済みのことも伝わっているはずだ。俺の所に来るのがおかしい。


「いやー、ここの激辛料理を、時空魔法を使う魔道士が食べきったと噂になってまして……」


「そっちかよ!」


 時空魔法より激辛料理の方で有名になっていた。そんな有名人によく頼もうと思ったな! 魔道士としての実績はまったく知らないのかよ!


 下手にスキルを使うもんじゃないな……いや、今回は激辛料理のせいで有名になったんだから関係ないような気もする。世間様的には時間操作より辛いものを食べる方が難しいのだろうか? 世の中は分からんな……


「それでですね、協力して欲しいんですよ! もちろん報酬はお支払いしますよ!」


「そこは心配していないんだが……」


 報酬を払わなければ時間遡行で協力をなかったことにすればいい。目の前の健康的な少女は人を食ったような雰囲気を出している。報酬か……この前のドラゴンで余ってるんだがな。


「で、何を手伝って欲しいんですか? 俺だって何でも出来るわけじゃないんですよ?」


「分かってます、おにーさんにそこまでは求めませんよ!」


「そうかい、そいつは結構。だったら全部一人でやってくれないかな?」


「まあまあ、私はグレイトフル・アルです」


「名字つきか……」


 身分の高さでゴリ押してくるタイプだろうか? 権力は苦手なんだがな……


 大体身分が高いからといって実力があるわけではないのだ、偉そうにするだけの連中に媚びるのは面倒くさい。


「いえ、この名字は自分で考えて勝手に名乗ってるだけです、どうぞお気軽にアルとお呼びください」


 フリーダムなやつだ……自称って、家名を示すものを自称したところで突然家系が一つ増えるだけだろ。いや、禁止されていないから良いのだろうか? しかし身分が高いわけでもないのに誇らしげに名字をつけるのは理解できない。


「で、そのアルが俺に何をして欲しいんだ? 戦争とかは面倒くさいからいやだぞ」


「いえいえ、そういったものではなく、霊薬の制作を手伝っていただきたいんです!」


 大したものじゃないのかな? だったら俺を探す意味が分からない、一見自分でやればすむように思えるんだが。


「実は薬自体はほとんど完成して最後の処理だけクロノさんに協力していただきたいんですよ」


「話くらいは聞くから何をするのか教えてくれ」


 俺がそう言うとアルは自信満々に語っていった。


「実は良質のマンドラゴラが手に入りまして……これは上等な薬が作れるぞと張り切ったわけですが、古文書を翻訳しながら古代の霊薬を作ろうとしたんですよ。翻訳できた部分だけを処理して進めていったのですが、最後の処理の部分を翻訳したところ『十年間蒸留して出来上がり』と書かれていたわけですよ! もうすりつぶして抽出してしまったので他の薬にすることも出来ず……かといって十年も薬一つの調薬に時間はかけられませんし、今更投げ出すにはもったいないんですよ!」


 そう一息にまくしたてるアル、要約すると行き当たりばったりで薬を作っていたらラストで詰まったと言うことだ。


「確かにそのくらいは出来るが……報酬は?」


「霊薬一瓶と金貨十枚でどうでしょう?」


「いいのか? 儲けが出そうにない金額だが……」


 胸を張るアルは自信満々に答える。


「私は研究が目的ですからね! 立派な物ができれば金額の問題ではないのですよ! ちなみに領主様が金貨百枚で買い取ると言っているのはあくまで偶然です」


 この子はなんというか……わかりやすいな。幸い領主の買い取りは見たことがあるが、依頼形式ではなく出来次第もってくるようにとなっていたはずなので失敗してもペナルティは無い。


「わかったよ、協力する。工房はあるのか?」


「私の泊まっている宿の部屋で道具を広げてます」


「じゃあそこに行こうか」


 トントン拍子に話は進み、俺はアルの自室へ入った。可愛いものなど皆無で、ガラス製の容器やパイプ、それに入っている試薬らしきものが大量に散乱していた。


「では蒸留の準備をするので待ってくださいね」


 そう言って台にフラスコを乗せ、それに液体をたっぷり入れてガラス管付きの栓をする。ガラス管をまっすぐ上に伸ばしその管に冷却の魔石を貼り付ける。それから台の下に炎の魔石をセットした。


「コレで準備は完了ですね、後は中身が沸騰して出てきた蒸気が冷やされてループします。問題はコレをまともにやると十年かかるわけですが……」


「はいはい、コレの時間を加速させればいいんだな?」


「ですです!」


 俺は加速の魔法を使う。


『オールド』


 時間経過が加速度的に進んでいき、徐々に液体の色が変わってきた。薄い水色になり、徐々に色は濃さを増していき、俺が魔法を解除するころには真っ青な液体に変わってしまっていた。


「おお! おぉお!? これは……完璧です!」


 どうやら成功したらしい。錬金術は専門外なのでどういう物ができたのかは不明だが、完成して喜んでいるのはよく分かった。


「ではクロノさん! 報酬にこれだけの霊薬と金貨十枚です!」


 そう言って俺に報酬を渡したかと思うと「急ぐので失礼します!」と言って部屋の中身を雑に収納魔法でしまって宿を出て行った。


 俺はなんだか不思議な感覚になりながらも手のひらの金貨は確かに存在しているので細かいことは良いかと思った。


 翌々日、ギルドに顔を出すとギルマスが俺の対応をした。


「えー……冒険者クロノ、領主様から娘への薬の制作に協力したとして感謝状をしたためる」


「ちょっと待ってください!? 領主様ってなんですか!?」


「この前の嬢ちゃんが領主様に納品したら病弱だった娘が一転元気になったと言ってな、お礼状をしたためて速達でこのギルドへ届けたんだ」


 思った以上に大事になった。まさか俺の名前を出すとは……俺のことは伏せて納品しても何の問題も無いだろうに、わざわざ俺を巻き込まないで欲しい。


「とにかく、領主様の感謝状だ、受け取ってくれ」


 俺は恭しく受け取りながら、安易に頼まれごとに協力するのも考え物だなと思った。

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