第6話「酢になった酒を元に戻す」

 その日、ギルドで変わった依頼が目に付いた。


『酢の販売員募集』


 珍しい依頼だ、営業の支援などギルドに貼り出される事は滅多に無い。というか販売員をギルドから調達しようとは普通考えない。


 別に誰かに迷惑がかかるわけでもないし、受けてみるか……


 依頼票を剥ぎ取って受付に行くとなんとも微妙な顔をされた。


「この依頼、受けるんですか? 結構ワケありらしいですよ」


「どうにもならなきゃ逃げ出しますよ」


 受付の人は『それはそれで困るんですがねぇ……』と言いつつもクエスト処理をしてくれた。どうにもならなきゃ時間遡行で無かった事にすればいいのだけれど黙っておこう。


「ではこちらの店舗からの依頼ですのでお願いしますね?」


「分かりました、行ってみます」


 そう言ってギルドの喧噪を後にした。何故酢を売ろうなどとギルドにまで依頼を出したのかは興味深い。


 依頼の店は町の奥まったところにあるようで、あまり治安のよくない地区に入っていく事になった。


 そしていよいよその店舗……といっても露店に着いた。


 その露店は裏通りらしく、地面に布を敷いてそこに瓶をいくつも置いて商いをしていた。


「あのー……ギルドからの紹介できたんですが……?」


 座っている老人がこちらを向いた。


「ふむ……あまり商才は有りそうではないの……」


 のっけから失礼な事を言われてしまった。本当の事ではあるが初対面で言うような事か?


「まあいいわい、売るのはこの酢じゃ」


 そう言って瓶を差し出された。商材に愛着は無いらしくとことん適当だった。


「それで、呼び込みでもすればいいんですか?」


「お主に任せる……まったく……失敗作の処理とは嫌になるわい……」


 店主が吐き捨てるように言った。失敗作? 美味しくないのだろうか? 興味がわいたので聞いてみた。


「不味いんですか? だったら処分した方がお金かからないですよ?」


 ばつが悪そうに老人は答えてくれた。


「このあたりで幅を利かしておる連中がの……ぶどう酒を作ろうとしたんじゃがな……」


「ああ……上手くお酒にならなかったんですね」


 ぶどう酒はへたに作るとただの酢になる、そう言う意味での失敗作か。


 そこで俺に少しのいたずら心がわいた。


「ここの瓶をまとめてくれますか?」


「何をする気か知らんが好きにしろ、売れても二足三文じゃからの」


 そうして『酢』の瓶を一カ所にまとめた。


 俺はその塊の前に手を置いて応用スキルを発動した。


『ストップ』『リバース』『エイジング』


 瓶の中身を『作るはずだった』ものへと変化させる。店主はポカンとそれを見ていた。


「一本開けてみるといいですよ、俺無しでも売れますから」


 怪訝な顔をして一本のコルクを抜き、香りの変化に気づき一口飲んで目を丸くしていた。


「お前さん……何ものじゃ?」


「元勇者パーティーメンバーで今はただの冒険者ですよ」


 俺の答えに軽く頷いてニヤリと笑って俺に金貨を差し出した。


「勇者パーティーも商売っ気が無いんじゃの……ククク……ワシならお主を使って儲けるじゃろうな」


「勇者には使命がありますからね」


 そのやりとりの後、俺はギルドでもらう報酬とは別に寸志をもらっておいた。俺は商売より冒険者の方が向いているとは思ったが、案外俺のスキルはこういう小細工にも役立つと、その日知る事ができた。

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