最終話 内気な僕、ありふれた日常へと帰還する



 一連の騒動から2週間ほどが経過し、今ではすっかり僕の生活も落ち着きを取り戻している。


 数日間は警察からの事情聴取、学校側からのヒアリングなどで忙殺される日々が続いたが、結論から言うと僕たちは巻き込まれただけの被害者ということで決着した。


 もちろん警察からのおとがめ、学校からの処分は一切なし。

 

 おそらくは、じいちゃんの道場の門下生である警察庁の幹部や代議士の先生たちが陰であれこれと動いてくれたのだろう。


 僕はそう確信している。



 僕とチーコの交際は順調そのもので、ラブラブノートのミッションも次々と達成されている。


 一応両親にもきちんと紹介し、もはや僕たちふたりは親公認のカップルとなっている。


 気の早い母親は手作りのベビー服まで用意しているくらいだ。



 そういえばあの後、一度だけアダルトショップでカスミと鉢合わせしたことがある。


 もちろん僕の目的はチーコの誕生日プレゼントとして振動の大きいタイプの遠隔ローターを購入するためだ。


 20代前半くらいの男性店員にラッピングをお願いしたところ、面倒くさそうな態度を取られたため僕は店長を呼び出してきっぱりと苦情を申し入れた。


 内気な性格はなかなか変わらないが、言うべき時にはハッキリと言う。


 それがこれからの僕の新しいスタイルなのだ。



 ちなみにカスミの持っているカゴの中には、小さな鈴のついた首輪と〈USAキングサイズ〉と表記された黒いペニスバンドが入っていた。



 ☆☆☆☆☆☆



 僕とチーコ水入らずの誕生日ディナーも無事に終わった。


 チーコは10ピース入りのチキンのパーティーセットとデコレーションケーキ1ホールをペロリとたいらげ、ソファで満足そうにくつろいでいる。


 僕はそんな彼女の目の前に、不意打ちでプレゼントの入った袋を差し出す。


 きれいにラッピングされた袋を開けたチーコが一瞬驚きの表情を浮かべる。


 すぐにその表情は満面の笑みへと変わり、チーコが僕に飛びつくようにして抱き着いてくる。


 それはまさに、僕の皿洗いのバイトでの苦労が報われた最高の瞬間であった。

 


 ☆☆☆☆☆☆

  


 学園祭も無事に終わり、僕たち3人の間に起こった事件もすでに過去のものになろうとしていた。


 僕がようやくこの手に平凡な学校生活を取り戻したそんなある日のこと。


 僕は水飲み場となっている階段の踊り場でカスミと茶太郎と偶然顔を合わせた。


 始業時間直前ということもあり他の生徒たちの姿は見当たらない。


 3人だけの空間に静けさだけが漂う。


 思えばあの事件以来3人だけで顔を合わせるのはこれが初めてかもしれない。


 僕とカスミの視線が交錯する。


 茶太郎の不安げな視線が僕とカスミの顔の間を行ったり来たりしている。



「おはよう、シン」


 元気に挨拶するカスミ。


 その口調からは何か吹っ切れたような清々しささえ感じる。


「おはよう、カスミ」


 僕もしっかりとカスミを見つめ挨拶を返す。


 茶太郎はそんな僕たちふたりを見てどこか安心したように胸をなで下ろしている。


 やがてカスミが何かを振り切るように勢い良く階段を駆け上って行く。


「ほら行くよ!ちゃーくん」


 カスミが階段の途中で振り返る。


「あぁ~ん、カスミちゃん待ってよぉ~」


 慌てた様子で茶太郎がその後を追いかけて行く。



 僕ひとりだけが残された踊り場はやけにひっそりとしていた。


 

 少しだけ開いている窓から、ややひんやりとした風が踊り場を吹き抜けて行く。


 いつもとはちょっとだけ違う外気の匂いに僕は肩をすくめる。


 

 今、季節がゆっくりと変わろうとしている。



        ~fin.

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