閑話 回想編~ドッキドキな夏休み
♢シン・カスミ編
今年は中学最後の夏休み。
僕は今、四国にあるじいちゃんの古武術道場で厳しい修行に励んでいる。
小学生時代の苦い記憶もあり、僕は内気な性格を直し強くなりたいと思った。
そんな僕は中学入学と同時にじいちゃんの道場に入門した。
以来長期の休みになると道場に泊まり込みで多くの門下生たちと鍛錬を重ねている。
長期滞在の時はいつも幼なじみのカスミも一緒。
明るい性格のカスミは道場の人気者だ。
この夏休みで何か自分なりの自信のようなものを手に入れたい。
気合を入れて両の拳をギュッと握りしめる僕であった。
☆☆☆☆☆☆
「シンーっ、頑張れーっ!」
いつものように道場のすみにちょこんと座ったカスミがキラキラとした目で僕の練習風景を見つめている。
「カスミちゃんも少しやってみるかい?」
「う、うんっ!」
師範代であるじいちゃんの言葉に、カスミは大喜びで立ち上がりその場でピョンピョンと飛び跳ねる。
いまやすっかり道場のマスコット的な存在となっているカスミのコミカルな動きに、門下生たちの間で大きな笑い声が巻き起こる。
――――数分後、
畳の上には口から泡を吹いて激しく痙攣する黒帯の有段者たち。
そして道場の中央にはひとり黙然とたたずむカスミの姿があった。
その足元に広がる血だまりの海の中には師範代であるじいちゃんが転がっている。
他に大勢いる練習生たちは道場の片隅に集まり、あまりの惨状にその身をガタガタと震わせていた。
そんな中で僕はひとりカスミから目を離せないでいた。
どんな努力を重ねても決してたどり着けない領域。
境界線の遥か向こうに立つその姿は、まさしく――――化け物。
でも僕は返り血で汚れたそんなカスミの丸い顔をとても美しいと思った。
どれくらいの時間が過ぎただろうか、気がつくといつしか僕の両目からは涙があふれ出していた。
♢千恵子・茶太郎編
私には心から愛する大切なひとり息子がいます。
息子の名前は茶太郎、今は中学3年生の受験生。
少し生意気なところもあるけど母親思いのとても優しい子。
実は先週の私の誕生日にも(有効期限なし)と書かれた手作りの肩たたき券をプレゼントしてくれたばかりなんです。
今日はちょうど夏休みのど真ん中。
外はうだるような熱気でじっとしていても体中から汗が噴き出してきます。
いつもより早めに仕事を終えた私は家で勉強中の息子のため、駅前でたい焼きを買ってから帰宅しました。
息子を驚かせようとこっそりと玄関の扉を開け、私は忍び足で息子の部屋の前へと近づいて行きます。
部屋からは何やら息子のうめくような声がもれ聞こえてきます。
きっと英語のリスニングの勉強中なのでしょうか……
部屋の前にたどり着いた私は小さな咳払いをひとつして喉の調子を整えます。
「ただいまーっ!」
私は満面の笑みで勢い良く息子の部屋の扉を開きます。
――――そこには、
パンツを下ろした状態で椅子に座り、激しく右手を動かしている息子の姿がありました。
机の上に置いてあるパソコンの画面には、複数の男性と絡み合う女性が映し出されています。
「何してるのっ!」
突然の私の怒声に驚いた茶太郎が文字通り椅子から飛び上がります。
急に立ち上がった拍子にイヤホンが外れ、パソコンからはいやらしい女性のあえぎ声が流れ出します。
慌ててパソコンのスイッチを切る息子。
「こんな大人の男の人が見るものなんか見てっ!」
激高した私は息子へと近づき、さらに強い調子でなじります。
「ママっ、ごめんなさい、ごめんなさいっっ」
涙を流しながら必死で謝る息子。
息子の机の上には着物姿の女性が表紙のDVDが乗せられています。
思わずそのDVDを手に取る私。
――――作品タイトルは
『ババァ汁★THE FINAL』~杉田ひさえ58才〈しばらく使っていないのでクサみがスゴいんです♡〉――監督 ぴゅんぴゅん丸
その瞬間、私の頭は真っ白になりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます