第5話 内気な僕、結果的に『ざまぁ』してしまう



「ママから離れろぉぉーーっっ!」


 茶太郎が金髪を振り乱し、両腕をグルグルと回転させながら真っすぐに僕へと向かって突っ込んでくる。


 僕がヒラリと体を交わすと勢い余った茶太郎はつんのめるようにしてその場へと倒れ込む。


「ママっ!ママっ!ママっ!ママっ!ママぁーーーっっっっ!!」


 茶太郎は鼻水にまみれたぐしゃぐしゃの顔でチーコの足元にすがりつき、激しく首を振りながら大声で泣きわめく。


 そんな狂乱の茶太郎にチーコも困ったような表情を浮かべている。


 ついに茶太郎は自らその場にあお向けに倒れ込み、必死の形相で両手両足をバタバタと動かし駄々をこねはじめた。


「イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだぁーーっっ!!!」


 茶太郎の振り回した足がダイニングテーブルの脚に直撃し、その衝撃で床へとグレープジュースのボトルが落下する。


 床一面に紫色の液体が広がって行く。


「オ・・・レのぉっ、オレ・だけ・のぉっ、ママは・・・オレだげのおっっ・・・」


 暴れ疲れたせいか動きの少し弱まった茶太郎へとチーコがゆっくりその身をかがめて行く。


「タロちゃん、ごめんね……」


 他に言いようもないのだろう。


 チーコはなにやら複雑そうな顔をして、喉の奥からなんとか謝罪の言葉をしぼり出す。

 

 そんなチーコの言葉に対して、茶太郎はまぶたをギュッと閉じなにやらブツブツと呟いているようだ。



「茶太郎……」


 みかねた僕が寝ころんだままの茶太郎に歩み寄ろうとしたその時。


「ヒャッハァーーッッ!!!」


 茶太郎がいきなりその場に飛び上がり耳ざわりな金切り声で絶叫する。


「ウッ・ウッ・ウハッ・ハッ・ウッハッハァーーーンッッ!!!!」


 仁王立ちとなった茶太郎がギラついた目で激しく哄笑する。


 いきなりの出来事に呆気に取られる僕とチーコ。


 立ちすくむ僕たちを尻目に茶太郎はひらりとその身をひるがえし、玄関から外へと脱兎のごとく飛び出して行く。


 

 我に返った僕が表に出た時にはもうどこにも茶太郎の姿は見えなかった。


 僕とチーコのステキ生活はまさに試練の時を迎えようとしていたのだった。



 ☆☆☆☆☆☆


 

 それから数日が経過したが茶太郎の行方はようとして知れなかった。


 チーコも一応警察に相談はしてみたらしい。


 ただ茶太郎は普段から無断外泊が多く、中学時代には万引きでの補導歴が複数回あるとのことであまりまともには取り合ってくれないとの話だった。


 そんなモヤモヤした状況で迎えたとある休日の午後、部屋でゴロゴロとする僕に家のチャイムが突然の来客を伝える。


 茶太郎の一件に加え、朝から降り続く雨で正直僕の気分は最悪の状態だった。


 しかし折り悪く家には他に誰もいなかったため、僕は重い足取りで仕方なく階段を降り玄関へと向かう。


 重苦しい気分のまま玄関へとたどり着いた僕は手のひらで顔面をパチリと叩いてからドアノブへとゆっくり手を伸ばす。


 そうして少しばかり乱暴に開かれた扉のその先には、雨に濡れしょんぼりとひとりうつむく幼なじみの姿があった。


 真っ赤なリボンで結ばれたトレードマークのツインテールも心なしか少し寂しげである。


「シン、ちゃーくんがどこにもいないの。お願い……、助けてほしいの」


 幼なじみの心細そうな声が降りしきる雨音にまじり僕の耳へと届く。


 雨がさらにその強さを増して行く中、ゆっくりと頭を上げたカスミの顔は疲労と悲嘆によって彩られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る