第49話 バイト時間の憂鬱

 一昨日の予期せぬキスの一件から2日の猶予を挟んで、土田がバイト先に現われ、物憂げな様子の那知。

 土田もまた那知への挨拶の時点から、憂慮している様子が伺えた。


(ツッチーに、今まで通りにと望んだのは自分だから......僕がいつも通りに接していないと、ツッチーは余計に困惑する事になる)


 避ける事はせず、極力、通常通りに土田と接していた那知。

 その都度、土田は、少しぎこちなさそうな雰囲気がまだ残っていた。


 ホールで注文を取ってから、厨房に入りオーダーを通す時にも、土田の視線を感じ、その方向を向くと視線をかわされ、気不味い空気も感じ取れた。

 

 それでも、ピーク時の忙しさで、それを気に留めている暇もあまり無かった事と、バイト上がりの時刻が、土田の方が早く、着替える時のロッカーで一緒になる恐れも無いのが、那知にとっては救いだった。



「今日は、あの子、来てないじゃん! さては、園内、何か嫌われるような事でもしでかしたんだろ?」


 昨日と同様のシフトで、ラストまで残っていた山内が、腕を那知の反対の肩に回して尋ねて来た。


「駐車場で待っているんじゃないか?」


「えっ、車持ち? あの子、JKじゃないのか?」


 驚いて、確認して来る山内。


「タメだけど、お嬢様だから」


 資産家という以外でも、警察や暴力団などと繋がりが有るという、美依の謎の発言が頭をかすめていた那知。


「そうか~! 逆玉か~! ラッキーじゃん、園内!」


「そんなのはどうだっていいけど......」


 気がかりなのは、伯父の存在だった。

 那知だけでなく、伯父の方も明らかに那知に関心を持っている様子が伺えた。


「なっちゃん、今日は、どうする? ここに泊まってく?」


 前日は泊まっていない事に気付いた店長が、今夜は那知に、鍵を預ける必要が有るのか尋ねた。

 那知は、従業員用のドアを開け、駐車場を見て、美依の車が有るかどうか確認してから戻った。


「いえ、大丈夫です」


「おやっ、あの彼女とイイ感じになったんだね? そうかそうか~! 今日は、店内に現れなかったと思ったら、もうそういう関係になってたのか!」


 勘繰って、露骨に顔にニヤつかせ、冷やかして来た店長。


「やっぱりか~! 手が早過ぎじゃね? 園内、お前って、マジで隅に置けない奴だな~!」


 山内も、興奮して話に乗っかって来た。


「誤解です! そんな事は無いです!」


 那知は慌てて否定したが、店長と山内には通用していないようだった。



「那知、お疲れ様~!」


 車に近付くと、待ち遠しかった様子で車から出てドアを閉めてから、那知に抱き付いた美依。


「止めろよ~! 周りに誤解されるだろ?」


 同じタイミングで帰路に就こうとしていた店長や山内の視界にも入っていそうで

慌てて、美依の腕を振りほどいた那知。


「え~っ、誤解されても、私は構わないんだけど~!」


「僕は、困るんだよ! あっ、そうだ! 今のうちに、教えて欲しいんだけどさ......」


 那知が少し躊躇いながら言いかけると、美依が期待に満ちた眼差しを向けて来た。


「何、何~? 私の誕生日なら、6月4日よ~!」


 勝手に自分の中で妄想していた内容とリンクさせて話した美依。


「別に、誕生日なんて聞いてない。伯父さんの名前って、なんていうの?」


「また、伯父様~!! 那知ったら、何なのよ~、もお~っ!!」


 自分の想像が外れて、伯父の話題を持ち掛けられ、すっかり不貞腐れた美依。


「知っておきたいんだ、いずれ関わりそうだから......」


 那知がそういうと、頭の中で、即、結婚と結び付かせた美依は、急に機嫌を直した。


「そりゃあそうね! まあ、私と那知が結婚したら、よく関わる事にはなると思うけど......だったら、仕方ないわね~! 伯父様の名前は、真川まがわ知明ともあき


 美依が発した言葉で、予感はしていたものの、一瞬、耳を疑った那知。


「ともあきって、どういう漢字?」


「漢字まで知りたいって? 分かった~! 画数で性格判断とかでもしたいの、那知?」


「なんか、クセが有りそうな感じの人だし、そういう事を知っていた方が、上手く付き合えそうだから......」


 美依から聞き出す為、適当に話を合わせた那知。


「確かにね、うちのパパに比べたら、伯父様って、クセ強いもんね! 気を付けるに越した事は無いわ! 伯父様の知明はね、知るに明るいって字、何画なんだろう?」


「あっ、画数は、僕が調べるからいいよ」


 伯父の名前に、自分と同じ「知」が入っていた事で、那知の憶測がかなり確信を付いて来た。

 実母の名前に入っている「那」と、美依の伯父の名前に入っている「知」。

 それを組み合わせた名前である事は、偶然ではそうそう起こり得ない。


「画数占いなんて、あてになるかどうか分からないけど、何かの参考にはなるかもね」


「伯父さんって、まだ、美依の家にいるの?」


「昨日来たばかりだから、どうかな? いつも3日くらいで、札幌に戻る事が多いわ」


 聞きたい事だけを聞き終えてから、車のドアを開け、美依と後部座席に座った那知。

 車の中では、昨日と同様、美依は沈黙を保っていた。


(話さないと、普通に良家のお嬢様な感じだけど、話すと一気に残念になるな......)


 そんな車中の美依と、いつもの態度との違いを感じながら、ふと思った那知。

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