第33話 幸せ余韻が続く時間 ⑵

 井上と一緒に帰宅した件に対する、那知の返答が引っかかる澪。


「そんな、つらっとして言って......土田君だって、実際どうなのか気にしていた感じだよ。土田君は、那知が井上さんの事を好きだったと思ってたようだし」


 不機嫌そうに言った澪の言葉に、思わず吹き出した那知。


「僕が、美依を好きって.......?やっぱし、ツッチー面白過ぎるな~!で、ちゃんと訂正してくれた、澪?」


「そこは、訂正しておいたけど、ホントにそれで良かったんだよね?」


 井上の名前を着やすく呼び捨てにしている那知の様子から、もしかすると、那知も井上に対し、まんざらでもないのかと思い始めていた澪。


「一緒に帰ってみて、よく分かったけどさ、美依は、ワガママを絵に描いたような性格だった。それはまあ面白いけど、あんな感じの子を彼女にしたら、けっこう厄介なタイプだよな~!そういえば、美依の家って、スゴイ豪邸だった。あんな家で周りにチヤホヤ甘やかされて育ったら、あんな性格に育っても仕方ないかなって」


 今まで目にしていた井上の態度を思い出しながら、1人で納得していた那知。


「なんか、那知、土田君の誤解を訂正して欲しかったというわりには、何だか井上さんに対して甘い感じだよね~。土田君も井上さんに告られただけで、いつの間にか、好きでもないのに、アッサリと付き合ったりなんかして......所詮、男子なんて皆、性格あんな感じでも、ああいうキレイでスレンダーで目立つような一軍女子に弱いんだよね~!」


「あの豪邸のお嬢様なら、お金もたっぷり有るし。本人も、何人もの先輩に言い寄られてるって自慢していたし。そういうの目当てで近付く男は多いだろうな~」


 人ごとのように言いながら、那知は、そういう意味で井上に同情している様子。


「一応、聞いていい?那知は、まさか、井上さんと連絡先とか交換して、これからも、また会う約束とかしてないよね?」


 那知が井上を相手に、例え同情心からにせよ、その近付いている先輩達と同族のような状態になっているのだけは、見過ごせない心境の澪。


「あっ、美依から、これ貰ったけど」


 薄っすら香水のような女性らしい芳香がしてくる、ピンク色のハートマークだらけのイラストのメモ紙を見せた那知。


「何これ?あっ、井上さんのアドレスと電話番号が書いてある。井上さんは、LINEはしないの?」


「LINEは、情報漏洩とか多発しているから怪しいって、父親に使用禁止されているみたいだよ」


「さすがは良家のお嬢様だね~!で、登録したの、那知?」


 連絡先を貰っていたのも気になったが、澪にとっての問題は、那知がそれをどうするかだった。


「いや、必要無いし、スルーかな。あっ、けど、澪がTwitterの偽メッセージの件で、美依に仕返ししたいっていうなら、これ、あげるよ」


 そう言われて、先刻の幸せな時間に辿り着く前の、井上からもたらされた一波乱の事を思い出し、舞い上がっていた気持ちがサーッと引いた澪。


「井上さんに仕返し......あんな事されて、本当に、あの時は悔しくて哀しくて頭に来ていて、どうしていいか分からなくなって、もう穴が有ったら入りたいくらいのどん底気分になったけど......でも、そうした事が有ったおかげで、その後、土田君と2人でデート出来たわけだし!この事が無かったら、有り得なかったデートだもん!だったら、仕返しどころか、井上さんに感謝しなくちゃならないくらいかも!」


「それでこそ、澪ね~!」


 家事の合間に2人の話を聞き、何度もハラハラさせられたが、やっとホッとしながら合の手を入れた母。


「それなら、心置きなく、ゴミと化した」


 井上からのメモ紙を細かく破り、ゴミ箱に捨てた那知。

 そのメモ紙が、自分の期待通りに捨てられたのを見て安心した澪。


「そういえば、知ってた、那知?土田君が、女装の那知の事を好きだった理由って......?」


「いや、知らないけど」


 即答した那知。


「そこらの女子より可愛くて女らしく見えたからとか......?」


 那知の肩に後ろから両手をかけ、当てようとした母。


「あ~っ、それ、私に対する侮辱じゃないの、お母さん?まあ、私も、正直なところ、そう思ってたんだけど......ホントは、違っていたんだよね~」


「身長が他の女子よりも高いから、自分に近いくらいの視点から、物事を見れる事とか?」


 少し考えて那知が言った。


「なるほど~、そういう見方も有るのかも知れないけど......女装の那知が軽くて、いい加減そうに見えるわりに、バイトとか一生懸命で、気配りが出来るところに惹かれたんだって!」


 その意外に思えた土田の言葉を那知にも是非伝えたかった澪。


「ツッチーの目からは、女装の僕って、軽くて、いい加減そうに見えてたんだ~!」


 愉快そうに笑い出した那知。


「ねっねっ、土田君って、いい事言うでしょ~!」


「そんなツッチーだから、澪は好きなんだね~」


「うん!土田君の事、ますます大好きになったんだ~!」


 土田の前で面と向かっては言えないが、家族の前では、ためらいも無く気持ちを顕わに出来る澪。

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