第32話 幸せ余韻が続く時間 ⑴
念願の土田との昼食デートを実現する事が出来た澪は、家に帰宅後も、土田と過ごした時間の幸せな空気感に包まれたまま、1人で顔がニヤニヤして止まらない。
「どうだった......?って、聞くまでもないか!もう、顔が物語っているもんな~」
澪とは対照的なほど、無表情な顔をして那知が尋ねた。
「それがね~、ちゃんと聞いてよ、那知~!土田君ったら......私の事をなんて呼んだと思う?なんとなんと、“澪ちゃん”って呼んで来たの!」
那知に質問しておきながら、答えを待ちきれず自分で答えてしまうほど、まずは、そこを何が何でも、那知に自慢したかった澪。
「やったじゃん!ついに、名前+ちゃん付けに昇進したのか~!いや~、おめでとう、おめでとう!」
那知が握手を求めて来て、澪も両手で那知の手を握って、思いっきり振った。
「ありがとう、那知!何だか、土田君と2人っきりでデート出来たなんて、まだ信じられない!ホントに夢みたいに幸せな時間だった~!あ~、こんな感じ、また何回も体験してみたい~!」
家事をしながら、2人の会話に耳を傾けていた母も、一緒になって喜んだ。
「良かったね~、澪!この良い感じの流れのうちに、今度また、土田君を夕食に誘ってみたら?もう少しすると、お父さんも出張先から一時帰宅するし、せっかくだから、御対面なんていうのはどう?」
「えっ、そんな待ってよ~!お父さんもいる時に、土田君を家に呼ぶのって、お互い気まずくない?」
まだ父と土田を会わせるのは、早過ぎる気がしないでもない澪。
「お父さん、普段は離れてくらしているから、澪や那知の事って、私からも電話でよく話してはいるけど、あまり分かってくれてないよね。だから、戻って来た時に、澪の好きな男の人を紹介してもらえたら、きっとすごく喜ぶと思うよ~!澪も、いつの間にかそんな年になったんだな~って」
「え~っ、そういうものなのかな......?私は、よく分からないけど。ねえ、那知は、どう思う?」
那知が紹介する方の立場だったら、この時点で、相手を父に紹介したいか気になった澪。
「僕は澪と立場が違うから......あっ、でもさ、ほら、よく言うじゃん!男親っていうのは、息子よりも娘の方が断然可愛くて執着しがちだって。多分、お父さんも典型的なそれだと思う。だから、もしかしたら、ツッチーに敵対心燃やすかもな」
その那知の言葉に頷いて、同意を見せる母。
「うんうん、分かる~!私もね~、もしも那知にそういう子が出来たら、是非とも家に連れて来て紹介してもらいたいな~!つい、那知に似合う感じか、いちいちチェック入れてしまいそうだけどね。今まで彼女がいた時だって、紹介してもらいたかったのに、那知は、相手の家しか行ってなかったのよね~」
那知の過去の元カノ事情を思い出し、少し口元を尖らせながら不満そうに言った母。
「ああ、それはゴメン。けど、あれは、訳アリだったから......」
(訳アリって......?まあ、確かに訳アリと言えば訳アリではあるけど......那知がただスレンダーな元カノ達のブラを調達したかっただけなのに......でも、さすがに、それは、お母さんには言えないもんね。あっ、元カノで、思い出したけど.....!)
元カノの話題から、急に身を乗り出し、好奇心旺盛そうな目付きを那知に向け出した澪。
「そうそう、私の事ばかりじゃなくて、那知の事だって、聞きたかったの!」
「なに......?」
興味津々な澪の様子に対し、怪訝そうな目線を向けた那知。
「さっき、私と土田君に気を利かせてくれて、ありがとう!面倒そうな感じなのに、井上さんのお相手引き受けて、一緒に帰ったでしょう!それで、井上さんとは、あの後どうなったの~?」
「どう......って?別に......
(美依......?あっ、そうか、井上さんって、そういう名前だったんだ......でも、どうして、那知が、そんなふうに、井上さんの事を呼び捨てしてるの?)
付き合っていた土田でさえ、井上を呼ぶ時には苗字にさん付けだったというのに、那知が井上を名前で呼び捨てしている事に驚いた澪。
「えっ、何?どうして、井上さんを名前で呼び捨てしているの、那知?送っただけで、それほどの進展してしまったって事なの?」
(大体、もう井上さんの家まで行くって、どうよ?家の近くまで来たら、自転車から降りたらいいのに、井上さんも、初対面のような那知に、どうして家まで送らせるの?ついさっきまで、井上さんって、土田君と付き合っているなんて自慢気に言っていた人なのに!なんか、そういうのって信じられないんだけど......)
自分と土田よりも、急に那知と井上の仲が進展したように感じられ、頭の中が色んな疑問が溢れ返っている澪。
「進展も何も、美依に名前で呼んでって言われただけだよ」
そんな事くらいで驚いている澪の方が大袈裟過ぎるという感覚で、何でもない事のように言った那知。
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