第29話 待ち合わせ場所にて ⑴

 ラッシュの時間帯を除き1時間に1本くらいの高速バスに乗り、石山でバスを降りた澪と那知。

 歩く事15分弱、やっと砂川のハイウェイオアシス館に着いた。

 待ち合わせのフードコートが、見える位置まで歩いた時、もう澪が1人でも迷わず行けると確信した那知。


「フードコートはもう、すぐそこだから、大丈夫だよね。そろそろ、人目も有るし、僕は、離れていようか?」


 その那知の袖を引っ張って、急にうろたえ出した澪。


「どうしよう、那知~?何だか、緊張する~!」


「何を今さら怖気付いているんだよ、澪!ここは行動あるのみだろっ!」


 このような状況になると、土壇場に強い那知と、おろおろしながら尻込みする澪の気質の違いが浮き彫りになる。


「そうなんだけど......今更なんだけど、やっぱり那知と違って、私は、こういうのすごく苦手だった事を思い出した!」


 思い出してしまったからには、それをより意識し、足が進まなくなる澪。


「気のせい、気のせいだって!ほらっ、澪、まずは深呼吸して......」


「......うう~っ、それが、なんか緊張のせいなのか、すごく呼吸が浅くなってしまって、深呼吸の仕方忘れたみたいに出来ないんだけど......あっ、そうだ!私、とりあえず、トイレ済ませておく!」


 トイレの鏡で、土田と会う前の最終チェックを怠らずにしなくてはと思い、那知から離れて向かった澪。

 ドアを開けると、鏡を見ていた濃い目のメイクをしたセーラー服姿の女子と目が合った。


(えっ、うちの高校の制服......)


 その途端、ビクッとなった澪。

 口元に薄ら笑いを浮かべ、鏡に映る澪を見ていたのは、澪にとって苦手なクラスメイトの井上美依みよりだった。

 井上は、澪の姿を認めた瞬間、大爆笑し出した。


「え~っ、ウソ~!マジウケるんだけど~!【mokk】の正体は、女子とは睨んでたけど、まさか私のクラスのボッチって!あ~、笑い過ぎてお腹苦しいっ!」


 一向にギャハハ笑いを止めようとしない井上。


(えっ、何......?どうして、井上さんが、【mokk】の事、知っているの?まさか......)


 考えられる可能性を探そうとしている澪より先に、笑いをこらえるのに必死になりながら、井上が話した。


「ボッチが、いつまでも驚いた顔してて、マジでウケるんだけど~!その事を私が知っているのが、不思議なんでしょ?せっかくだから、教えてあげようか?だって、私、土田君と付き合っているから。やっぱり、知らなかったの~?だから、彼のスマホくらい、いくらでもいじらせてもらえるの!Twitterでの絡み具合から、私の女の勘が働いて、【mokk】は絶対に女と思ったの!私の土田君に付きまとう悪い虫の正体を暴こうと思って、メッセージをフォロワー全員に送ったふりして、実は【mokk】にだけメッセージ送って、それに引っかかるか試したんだけどね~、大成功!こんなに簡単に引っかかるなんて!」


 嘲笑を続けながら、自分の計画を説明した井上。


(うそ......土田君が井上さんと付き合っているって......井上さんが、【クモノスケ】のTwitterをいじって、私を罠にハメていたなんて......)


 絶望的になりながら、用を足さずにトイレから出た澪。


「澪、どうした?」


 かかった時間が長かったのと、戻って来た澪の様子がおかしい事が気がかりな那知。


「何も気付いてなくて、可愛そうだから、私は親切に、ボッチが飛んで火にいる夏の虫って事に気付かせてあげただけ!」


 澪を追うようにトイレから出て来た井上が、澪と一緒にいる那知に向かって言った。


「ふーん......クラスでは、ただの目立たないボッチのくせに、外では可愛いお友達がいたり、イケメン君と一緒にいたり、それなのに、土田君とのオフ会にノリノリで現れたり、なんかわけわかんない~!」


 那知の方を見たが、以前の女装姿で見た時と同一人物とは気付かない様子で、ヤキモチを妬くように言った井上。


「澪、行こう!」


 井上を無視し、那知は澪とフードコートへ急ごうとしたが、澪は動かない。


(無理だよ......だって、土田君は、私とのオフ会の事、何も知らないんだから。フードコートに行ったって、土田君と井上さんのデートシーンを見せつけられるだけ......)


井上は、薄ら笑いを浮かべ続けていたが、不意に那知の腕を取った。


「ボッチは今、思考停止しているから、そっとしておいてあげたら。それよりも、ねぇ、土田君は真面目君過ぎて退屈だし~、私、他にも何人もの先輩からも付き合ってくれって口説かれていて、今すごく迷っているんだけどぉ、だからね~、交換条件!土田君の代わりに私と付き合ってくれるなら、私、優しいから、ボッチに土田君譲ってあげてもいいわよ~!」


 アイメイクに重点を置きパッチリした目元で上目遣いで那知を見て、甘い声を出し絡んでいる井上。

 そんな井上を一瞥もせずに、手を振り退けた那知。


「アホくさ~!そんな交換条件出さなくても、そのうち本性見破られて、ツッチーに相手にされなくなるって」


「なによ~!この男子ウケの超絶イイ私より、その小太りボッチなんかがいいって言うの?マジないわ~」


 自分の誘いを断る男子が存在している事が信じられない様子の井上。


「その先輩さんとか、自分に見合った人と付き合ったらいいじゃん」


 澪を小馬鹿にした分、言い返した那知。


(井上さん、土田君に対して、その程度の気持ちしか無いのに、土田君と付き合えている......やっぱり男子なんて皆、外見に弱いんだ。土田君も、そんな人だったなんて......)


 土田と井上の交際、偽りのオフ会、那知に絡む井上と、衝撃が大き過ぎて、呆然と立ち尽くしていた澪。

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