近接戦闘

そのまま店を出ることになり、仕方なく護堂は同行することに決める。

……とはいえ、どこに行けばよいものか。

どうしようもない気分を味わっているとフランコが笑いかけてきた。

……何を企んでいるのだこいつは! どう考えても嫌な予感しかしないが逃げようにもどうにもならなかった……。

そして、連れて行かれたのはやはり彼の自宅マンションだ!しかもこのマンションの部屋の一つは以前護堂が訪れたこともある部屋だった。

その時は誰もいなかったはずだが、今日は一人、女性が待ち構えていた!――こいつとどういう関係なんだ、この人は。

……というかそもそも本当に人間なのだろうか? 顔はどう見ても人間のものだったが全身が黒い。

髪が黒くて目鼻立ちは普通なのだが、なぜか肌は青白く見えるのでそう見えてしまうのかもしれない。

その女性の服装はやはり、黒を基調とした服装で、首からはロザリオを下げ、両手に包帯を巻きつけているように見えるが、この包帯のような布切れは本物なのであろうか? その正体は、護堂がイタリアで遭遇した魔女であった。

どうやら彼女がここで暮らしているというのは本当らしい。

あの時の彼女は確かに邪悪な気配を感じさせたのだが……。

……それに、なんとなく見覚えがあるような気がするのだが。

――ああ……! そうだ、この人も例の噂の女性ではないか? ナポリで知り合った自称悪魔祓い、リース・カレーはこんな雰囲気だった。

だがまさか同一人物とは思えない、彼女はあんな服装ではなくごく普通の服を着ていて髪の色も違うのだから。

それに、目の前の彼女の様子はどことなく元気がなかった。

まるでこの世の終わりに直面したようにうなだれてしまっているではないか。

護堂たちがマンションの中に消えてしばらくしてようやく彼女は顔を上げてくれた。

だがそのとき、フランコの部屋に三人の姿はなかった! だが、代わりに妙なものを見つけたのだ。

……それは巨大なトランクケースだ。

中身は分からないが、大きさから見て相当な量の荷物が入るものなのだろう。

――あの人たちが帰ってくるまでこれを預かっていてくれませんか? そう頼まれて、護堂はそのトランクを受け取った。

それからしばらく、護堂はリビングのソファーに座って時間を潰すことにした。

だが、すぐに手持ちぶさたになってしまう。

そこで護堂は先程受け取ったトランクの蓋を開いてみた。

すると中には、

「これって……!」

大量の魔道書が入っていた。

……その中には護堂の知るものもある。

……だが大半は見たこともないものだ。

……一体誰が? 「草薙護堂、か。

……お前も大変だな」

不意に声が聞こえた。

慌てて振り返るとそこには黒い影があった。

「あんたが俺を呼んだのか?」

「……正確にはお前が私を呼び出したんだ」

「えっ?」「私はお前の呼びかけに応えてやって来た。

お前の願いを聞き届けるために」

「……そうなのか」

「ああ。

それで、お前の望みはなんだ? お前はどんなことを願ったんだ?」

「俺はアンジェを救いたい。

ただ、それだけだ。

添い遂げるためには万難を排する。

どんな卑怯な手も使う。

たとえ人を傷つけてもだ。

アンジェを守りたい。

その為に世界を焼き払えと言われれば焼く。

俺はどうなっても構わん。

何だってするからアンジェを助けてくれ」護堂は力を込めて叫んだ。

……護堂は目を覚ました。

……ここは何処だろう?……ああ、自分のベッドか。

昨夜はいろいろありすぎてなかなか寝付けなかったんだよな……と。

……護堂はまだ夢うつつの状態でぼんやりと考えるのだった……。

第三章 草薙護堂はカンピオーネである。

草薙護堂は、イタリアで戦った後に『まつろわぬ神』を招来し、そして倒した。

それから一ヶ月が過ぎようとしていた。

護堂は平凡な高校生としての生活を取り戻しつつあった。

――だが、それは表面上のことにすぎない。

護堂には秘密があった。

誰にも言えない重大な隠し事があった。

……護堂の秘密とは、実は魔術師であるということだ。

それも魔術結社の一員で、しかもそのトップに立つ総帥でもある。

だが、護堂が魔術師であることを知っている人間は数少ない。

知っているのは、アンジェ・スタインバーガーと、マリス・ディ・ルッジェーロ・デル・フリウーリの二人だけである。

なぜ、このようなことになったのかといえば理由はいくつかある。

まず第一に、護堂自身が魔術師であることを隠そうとしたからだ。

第二に、魔術師であることがバレることは命に関わるからである。

そして最後に、護堂が、魔術師としての実力がそれほど高くないからだ。

……つまり護堂は、いわゆる落ちこぼれ魔術師なのだ。

護堂は、魔術の修業に明け暮れる毎日を送っていた。

朝早くから学校へ行き授業を受け帰宅してからは、夜の九時を過ぎる頃までずっとだ。

護堂は、自室の勉強机に向かって座っていた。

勉強をしているわけではない。

ただひたすらに、精神を集中させているだけだった。

護堂の頭の中には、呪文が刻まれている。

それは、護堂の師匠であり、師父たる人物から教えられたものたちだ。

――すなわち、『言霊の術式』と呼ばれるものである。

これは、古代ゲルマン人が使っていた呪術で、音と声に呪力を込め、相手に呪いをかける技術だ。

この呪術の基本となるのが、呪句と呪符である。

呪句とは、呪文そのもののことであり、呪符は、特定の形に作られた紙のことを指す。

これらの言葉は、護堂にとっての剣であり鎧でもあった。

――だが、今のままでは駄目だ!護堂は自分の弱さを自覚していた。

この一ヶ月間、護堂は己を鍛え続けた。

だがその成果はあまり芳しくないものばかりであった。

護堂はこの一ヶ月でいくつかの成果を上げた。

まず一つ目に挙げたのは、肉体の強化だった。

護堂はもともと運動神経が悪くはなく、どちらかと言えばいい方だった。

だが、それが仇となり、護堂は魔術戦において致命的な弱点を抱えていた。

それは、近接戦闘だ。

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