晴香と恭一、そして『THE WORLD』

「ひどいわよッ! 主人公のあたしにこんなことして、許されると思うのッ!?」

 晴香は茶髪のストレートヘアーの発達した身体と不釣り合いな童顔の少女だ。

 ベージュの長いベスト、最新のスマートフォン、丈が短い紺色の制服のスカートを着けている。

 ただそれだけの平凡な少女だ。

「うるさい。お前が主人公なら俺はただのモブか? とにかく、英語を勉強させてくれ」

 そう言いながら、整えられていない黒髪を搔いて、教科書を読んでいる。

 真面目に勉強している様は優等生に見える。

 だが、髪が乱れているのと釣り目、所々着崩したネクタイやシャツは良くて陰キャ、悪くて不良である。

 恭一は目立たない容姿とは裏腹に、いじめられたことはなく、いや、他校の不良を返り討ちにしたという噂が独り歩きした結果、いじめられずに済んだということだ。

 無理もない。

 恭一は武術の達人で、空手部と剣道部を兼部しながらも、どちらもレギュラーを勝ち取った。

 どちらも都内の決勝戦まで勝ち進んだが、チーム戦なので、全国に行けなかったのだ。

 行けたら行けたで、日にちが被ってどうする、といった問題がぶつかるのだが。

 しかし、これは恭一が望んだ力じゃない。

 父親にしごかれて得てしまった力だ。

 そんな恭一には夢がある。

 医者や公務員に就いて、人に役立つことがしたいと思っている。

 そのため、部活動の尽力で得た都内の大学へと推薦入学が決まり、それに向けて勉強中である。

 晴香はそんな恭一の態度に膨れっ面になる。

 晴香は恭一を追いかけて、偏差値の高い高校に進学したのだ。

 しかし、進学してみて恭一と過ごす時間は少なかった。

 しかも、恭一は三年。

 恭一と過ごせる時間はもう限られたものになった。

「恭一……」

「お前も俺なんかにかまってないで――」

 晴香は恭一から教科書を奪った。

「なにすんだッ!」

「返してほしかったら、ついてきなよッ!」

 晴香は走り去ると、恭一は体勢を整えて晴香を追いかけた。

 晴香は元陸上部であったこともあって、脚力に自信はあった。

 しかし、恭一はすぐに差を詰め始めた。

 あっという間に首根っこを掴まれ、

「うげッ!」

 と声を上げながら、舌を垂らして白目を剥いた。

「返せ」

 教科書を奪い取ると、晴香を解放した。

「まったく……」

 晴香は息を切らしているのに、恭一は平然としている。

「逃げ足は、自信、あったのに、なぁ……」

「それは小さい頃だろ」

「そう、よね」

 晴香の顔は暗くなった。

 折角一緒にいられるというのに、こんな風に話せるのはあと何度か……。

 そう考えに耽っていると、椅子の下になにかが落ちていることに気づく。

「うん?」

 晴香は椅子の下のものを拾い上げた。

 パッと見た感じは、トランプのようなカードの束に見える。

「なんだそれは?」

「ううん、わかんない」

 晴香はカードの束から一枚を取り出した。

 トランプかと思ったら、時計の絵と文字と番号が描かれていた。

「えっと?」

「『THE WORLD』?」

 そう言った瞬間に晴香の握ったカードが光り、彼女を包んだ。

 恭一は咄嗟に晴香の腕を掴んだ。

「手を離せッ! わけがわからないッ!」

「ダメッ! 離れなくなってるッ!」

 カードから放たれた光は二人を包み込み、やがて消えた。

 恭一と晴香はこの時、この世界から消滅したのだ。

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