通学路

えびまよ

通学路

 桜の花びらが落ちる。ひらり、ふわりと私のローファーの上に乗る。風がそよぎ、頭の頂点の少し後ろ辺りで結んでいる髪がなびく。スカートが音を立てて舞い、私はそれを押さえた。

「春一番。ちごうとるか。もう春五番ぐらいか」

 独り言は、白き呼気となって宙へ消えた。ベージュ色のカーディガンを肩幅に合わせて調整し、私はとてとてと自転車がおいてある場所へと向かう。

 がま口の財布から鍵を取り出し、差込口へ入れて手首をひねると、カシャンと心地よい音が鳴った。

 サドルを跨ぎ、下着が見えないようにスカートをお尻で踏みつける。最初はゆっくりと、重いペダルを漕いだ。

「眠かぁ……」

 左手で眼を擦りつつ、右手でハンドルを握る。足は、黒いタイツに包まれてさほど冷たくはない。二分ほど漕いでいると、早速、一つ目の楽しみがやってきた。山の中にある私の家は、坂道が続く。登校のために下るときは、体が空を切る感覚に包まれて、やけに高揚する。今までに片手で数えるほどの経験しかないが、遊園地のジェットコースターにも似ている。木々に囲まれた道をぐんぐんと進んでいくと、風が耳元で轟々と鳴り、私の聴覚はそれに奪われた。

 小石や、歪みのない綺麗な道だが、坂の傾斜は効いている。ブレーキを小刻みにかけて速度を調節しないと、少々、眠気覚ましには過剰だ。

「あっ」

 そうこうしているうちに、二つ目の楽しみがやってきた。立派な橋だ。大きな川を渡るため、車両が二台、通れるほどに広い。

 早速、車が隣を通った。道路には、均一な感覚で横線に溝が入っている。メロディーロードと呼ばれているらしく、そこを一定の速度で車が通り過ぎると音楽が流れるのだ。詳しい原理は、私には分からないけれど、流れるメロディー"うさぎとかめ"が大好きだ。

 もう、今となっては会えないけれど。おばあちゃんと一緒にけん玉で遊んだことを思い出す。


 もしもし、かめよ。かめさんよ。世界のうちに、お前ほど――――。

 

 ふんふんと、鼻歌を交えていると、橋からいつもとは違う光景が写った。

 河川敷脇の道路にたくさん生えた桜が風に舞い、その花びらたちが川一面に広がっている。まるで、舞踏会でも開いているように、花びらはくるくると回転しながら流れていく。

「綺麗っちゃねー」

 横目ではもったいなくて、少しだけ速度を落としながら顔を横へ向ける。口元が自然とほころぶほど、優雅な自然美だった。

 私はひとしきり楽しむと、立ち漕ぎをして前進した。少し錆びついた車輪がキコキコと音を鳴らす。もう、あと一年か。

 ついに、最後の楽しみである。いつも決まりきった時間に、彼は登校する。私と同じく自転車通学だ。私が朝に弱く、眠いにもかかわらず、少し早めに起きるのはこのためだ。

「良かねぇ」

 顔も格好良く、勉強もできて運動もできる。けれど、少し無愛想で喋り方もぶっきら棒。お世辞にも親切な人とは言いがたい。でも、面倒見が良くて、面倒くさそうにしつつも世話を焼くのが好き。そんな彼に自分からは話しかけるのは、ちょこっと勇気が出ない。だから、私は登校の合間に彼を見るだけで幸せなのだ。彼の後ろを付いて行き、さながら一緒に通学している想像にうつつを抜かすだけで、いいのだ。

 学年の違う彼とは、自転車置き場でここでお別れ。私は校舎から少し遠い、ひと目につかない場所へ停める。

 降りる瞬間に、おっとっと、となりながらバランスを崩す。

「おはようさん」

 後ろから聞き慣れた声がかけられる。

 振り返ると、千代ちゃんだった。

「おはよ。今日はスースーするねー」

「そーやね。昨日ん宿題やったー?」

 自転車に鍵をかけて、私は友だちと歩き出す。

「やったよ。みせたげよっか」

「飴ちゃん二つでよか?」

「よかとー」

 千代ちゃんはニマニマとしながら、カーディガンのポケットから飴を取り出して、私の手のひらへ握り込ませる。

 ふふ、これじゃバリ悪代官みたいよ。

「今日は会えたとー?」

「今日も、やけん」

 明日の通学路も楽しみばい。

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