第2話 前世とスキル

-side エリク-




 真夜中。屈強な男達が護衛についている馬車に揺られながら今年10歳になる少年は外を眺めていた。

 ちなみに、この馬車は魔境の道にも耐えられるように王子であるセシル・マスクがエリクのために秘密裏に特注したものである。

 護衛の者たちも全員セシルの息がかかっている。もっとも、そうでもしなければ護衛は全員エリクに殺意全開だったかもしれない。



「[鑑定]。ほー。あれがオークか。本当に豚人間だ」



 エリクはというと、完全に観光気分で危機意識はなかった。

 魔境は一般の人からしたら恐怖を象徴する伝説の島である。

 その昔、数多の冒険者が。それこそかつてSSランクであった英雄が挑戦し、生きて帰って来れなかった場所であるのにも関わらず、彼は至って落ち着いて楽しんでいた。



 これは決して彼が今とても強いからとかではない。むしろ、彼は研究に追われていた分、この世界の人間にしては弱い方であったのである。

 ただただ、頭のネジがぶっ飛んでいるだけ。どんな状況でも、「まあ、なんとかなるっしょ」と思っているだけである。



 ちなみにエリクには前世の記憶がある。記憶というよりも夢に近いため現実味はあまりないが、人格には多少影響はあるようだ。



 そして、ここの世界は高校時代に前世でプレイしていたゲーム「スローライフスタイル」の世界だった。

 正確にいうと、世界観だけ一緒で4歳から通常ルートを外れ始めて、8歳の時、通常ルートを完全に外れたのだが。



 この世界は全員が魔法器官と呼ばれる臓器を持っていて、魔力器官から生成されるエネルギーで、誰でも基本属性なら全属性の簡単な魔法を使うことができる。

 上級魔法、複合魔法は魔力器官で生成できる魔力の量によるため、人による。

 基本属性は、火、水、風、光、闇の5つの属性である。



 基本属性魔法は生活に非常に便利だ。

 例えば、この世界では洗濯機も水道インフラもないが、わざわざ洗濯の水を川に水を汲みにいかなくても良い。水の魔道具か、水魔法で簡単に代用できるからだ。

 他の電気や調理に使う火も同様である。



 インフラを全て魔法で代用できるということは逆にいうとそこらへんの科学的な知見は全く未発達

 そのため、交通インフラも整っておらず、登場人物全員が田舎者。

 穏やかで優しい人たちが多かったので、前世の彼は現実逃避して癒されていたようだ。

 まあ、実際にこちらに来てみると私利私欲に塗れた人も多かったそうだが。



 エリクは30代の時、交通事故で死んでしまい、深緑色の髪にエメラルドグリーンのした眼の生命神フィラに呼び出され、異世界転生しないかと誘われた。

 なんでも、昔はこの世界も異世界人の血を引く人達がよくいたが、最近では減少していたため困っていたそうだ。

 そんな時、彼がタイミングよく、アクシデントのため地球で早死にしてしまったらしいので、こちらの世界に誘ってみることにしたみたいだ。

 本来彼は地球上でもっと長く寿命が設定されていたが、神の世界で寿命管理装置のトラブルがあったらしい。

 そのトラブルによって彼だけが死んでしまい、お詫びとして前世の知識の引き継ぎと神の力を与えて転生させることにしたそうだ。



 当時、エリクは「そんな胡散臭い話信じられるか!」と抗議した。

 ……が、女神は、「大丈夫です!胡散臭く無いですから!」と謎の開き直りメッセージを残したと記憶に残っている。

 この記憶だけは、消そうと思っても消えなかった。強すぎる。



 正直、かなり胡散臭い女神だったのでどうしようか迷ったが、そんな時、知識神ルノウが俺に[検索]と[鑑定]スキルを与えるから転生してくれないかと一生懸命頼み込んできたので、承諾してしまった。

 というのも、知識神ルノウは金髪青眼の10歳くらいの少年の姿をした神だったのだ。

 それに、よくわからなかったが気持ちを揺さぶる神の力みたいなものを使ってエリクの同情心を揺さぶってくたらしい。

 


 こちらの神も、「うるうるううる。いいですよね!キャピキャピ」という謎の擬音語メッセージを残していた。こちらの記憶も消えなかった。迷惑すぎる。

 


 気づいた時にはもう自己の意思に基づく、魂の契約にサインしていたので、彼は異世界に来ることになった。

 忘れたいけど忘れられない。死ぬよりも正直きつかったそうだ。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢




 この記憶を思い出したのは4歳の頃だが、[検索]のスキルは初めは使いこなせなかった。

 前世の知識が体に馴染んでいなかったからである。



 この[検索]スキルの方は理外のスキルらしく、地球の世界ならばプログラミングが必要なところ、この世界ではルノウが良きに計らって作ったスキルであるため、この世界のことなら、なんでも簡単に調べられるそうだ。



 ただ、最低限の知識がなければ、使えないゆえに難易度がかなり要求されるスキルでもある。4歳になった時に[鑑定]を使えるようになり、7歳の時に知識が体に馴染み、ようやく[検索]が使えるようになった。



 そのあと、エリクは調子に乗って前世の知識を活かしてインフラや薬学、数学の知識をこの世界の人たちに広めていった。

 周りの人たちにやたらと驚かれたが、自分の生活の快適性を上げるため知識無双していたら、気づいたら周りから重宝されるようになっていて、自由が失われてしまったのだった。そして今に至る。



 お分かりだろうか……。少なくとも、前世の時点では彼はまともだった。

 ただ、今世の彼は知識無双していても、何も思わないくらいに世間とはズレていた。

 彼は知識神ルノウに知識を与えられたが、同時に大事な何かを失ってしまったのである。



 凛々しい。聞こえはいいが、裏を返せば図太いという事だ。

 そう、彼はとてつもなく能天気になってしまったのである。



 今回魔境に行くと言われた時も自分が長年望み続けていた、自由が手に入り嬉しいという気持ちしかなかった。

 魔境が怖いところと言っても、別に人間死ぬ時は死ぬしそれよりも楽しみたいと心から思っていたのである。



 エリクはちょっと変だが、知識神に愛されたため聡明で、副作用で図太くなってしまった。しかし、図太さは彼の武器でもある。

 そう言った子である。



 しかし、彼の新しい知識に対する欲求と好奇心は本物であった。



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