女(アマ)を照らす

沖田鰹

第1話プロローグ

 21世紀。男は女よりも頑強であり、背丈があり、何より力が強かった。それ故に、男は家族を持った時一家の大黒柱として家族を守る責務、戦争などでは優先的に招集され国のために闘う義務があった。

 しかし一方で、その女に対する『優位』を使って、卑劣で外道な非人道的行いをする者もおり、痴漢や暴行などその暴挙は日々留まる事を知らなかった。

 男はよく「男なんだから」「男だろ」と諭され、弱さを見せることや失敗する事を許されなかった。

 

 21世紀。女は男よりもお淑やかであり、器用であり、何よりも華があった。それ故に、女は育児や洗濯、料理などの家事を多く得意とし、儚さや美しさ、可愛らしさやたまに見せる強さは存在するだけで癒しとなる。

 またその可憐さを武器にして生きていくわざも持ち合わせていた。だからこそか、男に辱めを受ける者もいれば、逆におとしめる者もいる。

 女はよく「これだから女は」「女かよ」と罵られ、特にに関しての面では非難を受けることが多かった。


 『男と女は、同じ人間にして全く非なる正反対の生き物。それ故惹かれ合い、互いに足らないモノを切磋琢磨で補って生きている』と、昔誰かが言った。

 『そのなりは、まるで剛と柔。その情景は、大地とそこに咲き誇る花々』とも、言った。

 

 しかし、そんな世界が終焉を迎えたのが、およそ200年前のこと。

 

 西暦2056年。

 突如として『力』を手に入れた女達は今までの報復か、感じたことのない力の開放感か、はたまた立場逆転の優越感か、元々勝っていた数を駆使し、瞬く間に男を蹂躙していった。

 男達は奴隷にされ、サンドバックにされ、楯突いたならコンマ数秒で殺される。まさに女の無法地帯。

 当然、その女達の好き勝手な暴威に反対する女もいた。しかし人智を超えた人間にそんな悟しが通じるはずもなく、事態は収集の付かぬまま流れるように地球…いや宇宙ごと、完全と言ってよいほどに女達によって征服された。

 

 その力は、単に膂力や武力のような力では無い。

 『異能』と言うべきか。

 身体能力の向上はおろか、氷や炎などの操作、変幻自在な変形、いつどこからでも顕現できる数多の武具など、その他様々な万能を優に扱える力。

 当然、昔の男達にこの異能を対処する術は無く、屈強な男達が女に手も足もです屈服するという情けない現実が突きつけられた。

 男が女から必死で逃げ惑う光景が日常茶飯事になり、男が女より力や強さで優っていたというのは、くだらない噂話として塵と化していった。

 いつしか男達は女達に恐怖し、嫌悪し、憎悪するようになり、一つの国を創りそこへ逃げ込む。

 男達は思う、『このままではダメだと』。男としての誇りもプライドも全て踏みにじられ、何もせず黙っているなどそれこそ男が廃ると。

 こうして、男女が助け合って愛し合っていた平和な時代は幕を閉じ、

 『男と女』の戦争が始まった。

 

 ************************* 


 西暦2256年。

 ここは、男だけが存在する国。【男国家・ダンディグラム】。


「え〜。で、あるからして。男達はこの狭い箱庭、ダンディグラムに閉じ込められました。女はクズで、ゴミで、最低の生き物です!」


 その南に位置する、都会のとある学院。

 キリッとした顔立ちに髪をワックスで7:3で固めたアノルト教授は、右往左往していた脚をピタッと止め教卓の前に大袈裟に佇むと、大事なポイントであるかのような声音でそう言った。

 毎日朝の恒例として、女への憎しみを忘れないために『アマへの憎魂』は日課だ。

 朝の朝礼を終えチャイムが鳴るのと同時、生徒達は一限の講義の準備へと流れていく。


 狂暴化した女を倒すために設立されたここ【ブレイブメン男子学院】は、15歳になり中学校を卒業した男子を対象に、強力な戦闘力を誇る女に対抗するための狩人ハンター・【男狩人メンター】を育成する。いわば3年生の高等専門学校だ。

 異能を手に入れてからの200年間の女の悪行から、その戦闘においての基礎訓練まで女という生物を絶滅させるためのノウハウを余すこと無く叩き込まれる。

 ダンディグラムで義務教育となったカリキュラムだ。

 

 _________そして、本日の3時限目。


「は〜い、ちゅうも〜く。今日の授業内容は、アマの幼体の観察を行っていきたいと思います」


 生物の授業にて、鉄格子の織に囲まれた裸体の幼女が生物室に運び込まれた。

 その様態はお世辞にも健康とは言えず、青白い肌に痩せ細った四肢。あげく活力の欠片も無い瞳は、今にも死に絶えそうだ。

 顔や体型の特徴など女についての情報は小・中で口頭と映像で大方教えられるが、実物は学院に上がってから1年生時に初めて見せられる。

 白衣を見に纏った生物教師が警戒しながら鍵を開け、その髪を鷲掴みすると引き摺って檻から出す。多少の抵抗を試みた幼女だが、抵抗虚しく生物室中央のテーブルに大の字に倒され、頑丈な手錠が首と両手両足をロックした。

 初めて拝む本物の『女』に生徒達は受け継がれて来た怒りや憎しみ、はたまた好奇心など万感ばんかんの心境で観察する。

 対して幼女も、男が女に向けるのと同じ嫌悪や憎悪の籠もった瞳で、男を一人一人睨み付けていた。憎っくき顔を、決して忘れまいとするかのように…。

 写真やスケッチで生徒が一頻り観察を終えると、続いて教師は次のステップに移行する。何処からかメスを取り出すと、何の躊躇いもなくその切先を幼女の下腹部目掛けて突き刺した。


「ギャアアアアアッッッ!!!」


 大人でも耐えられぬ激痛に、麻酔も無しに、しかもまだほんの5歳ほどの子供は慟哭どうこくしながら海老反りにのたうち回る。


「いいですかぁ?女の権能として突発的に発生した異能は、まだ謎が多く未知です。その中の数少ない情報として、アマが能力を発するまでのプロセスを逆算していくと、体内の男には存在しないある臓器が発生源だということが分かりました。今から皆さんにも拝見してもらいます」


 そんな残虐すぎる光景が目の前で行われても、教師を含めた生徒達は誰一人として止める者はいない。それどころか、苦痛に苦しむ幼女を見て北叟ほくそ笑む者までいる。

 構わず教師が、そのままメスを真下に移動させようとしたその時、


 《ウィーッ、ウィーッ、ウィーッ》


 と、地区の緊急事態用サイレンが轟いた。ここら一帯の全男の動きが停止し、次いで流れるアナウンスに耳を傾ける。


『緊急速報!緊急速報!たった今中央エリアより連絡が入り、ここ南エリアのブレイブメン男子学院学区内周辺にアマが1体脱走したとのご報告。

 近辺の男狩人メンター及び学院生徒は、見つけ次第即刻駆除せよ!繰り返す………』



 呆れるほど平和な青空を眺めながらウトウトしていたウェリー・ランドの意識は、突如として流れたアナウンスによって覚醒する。

 『アマの脱走』

 それを聞いた途端勢いよく席を立ち上がり、そのまま教室を出て行く。

 授業中にも関わらず構わず飛び出したランドに、しかし反応する者は誰1人いない。空気量が多少少なくなったところで、一々気に留めはしないのだ。

 ただじっと生徒は教師の、教師は上からの指示を待っていた。

 

 こうして、存在しないモノ扱いされているランドは1人、誰よりも速くこの広大な学院内を駆けて行くのだった。


 *******************************

 

 ボロ雑巾のような襤褸らんるの服を纏い、地面まで伸びきった黒い長髪を垂らしながら、アマは1人密かに街の路地裏を歩く。

 中央エリア、白き巨塔の地下にある監獄から命さながら抜け出し、もはや虫の息。それでも休まず進み続けるのは、これが最後のチャンスだったからだ。

 何百年も生き数えきれぬほどの子を産んできた屈強な身体も、時の衰えには逆らう事ができず、次の出産を最後におそらくもう産めなくなる。使えなくなったアマは即処分されるのは当たり前で、幼児が体内から完全に取り出された瞬間有無を言わさず殺されるのは必至。

 どうせそうなるならせめてもの悪あがきと母性本能が働き、自分で産んだ我が子を一度でいいから拝んでみたいと、アマは何とか脱走に成功した。

 朦朧もうろうとした微かな意識の中で、男達の「授業で使える」という言葉だけを頼りに、そのアマはとうとう中世ヨーロッパ風の小洒落た学院を見つけ出した。

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