109.朝倉さんの楽しみなこと

「んじゃ帰るわ。ユーからチョコもらわねぇと」

「さっきもらってなかった?」

「別だよ別」


 準備がすごいな。さすがバレンタインデーと言うべきか、結花は日向にだけはより一層のもてなしをするらしい。

 今日も玲奈は忙しそうにしている。バレンタインデーのことなんかは気にしてほしいわけではなかったけど、まさか一言も話すタイミングがないほどだとは思わなかった。


「三上くん、一人?」

「波多野か。一人だけど。あ、クッキーありがとな」

「そか。ホワイトデー期待してんね」

「お手柔らかに頼む」


 美希は例外としても、玲奈や結花以外の女子と話すのはまだあんまり慣れない。ごく稀に話しかけてくる清水は向こうがたどたどしすぎて逆に冷静に話せるけど、波多野の場合は本当に話すことも無い。というより、ぶっちゃけちょっとだけ苦手なタイプなんだろう。ぐいぐい来るところは玲奈と似ていないこともないけど、玲奈はかわいげのなさが逆にかわいかったというか、とにかく玲奈とも少し違う。

 そんな俺のやりづらさには気づかない波多野は、普段の結花と同じくらいの距離感で話してくる。


「ね、ね。この後二人で遊びに行かない?」

「ごめん、行かない」

「えー、なんでさ」

「彼女いるからな。悪い」


 玲奈はまだだろうか。いや、忙しそうだったし先に帰ってしまったかな。


「でもさー? ぶっちゃけどうなの? 朝倉さん、遊んだりしてくれんの? もうシた?」

「したって……ああ、そういう。悪いけど、そういう冷やかしは嫌いなんだ。俺も玲奈も」

「ふーん」


 俺たちは俺たちのペースで進んでいくんだ。日向や結花でも、そこに介入しようとはしてこない。恋愛なんてそんなものだと思う。

 素直な気持ちを伝えると、波多野はつまらなそうに髪をいじる。


「んで、三上くん的にはどうなのさ。あんな清楚ーって感じの子、楽しい?」

「どういうこと?」

「いや、みんなに笑顔でさ。三上くんにだって……」

「玲奈のことをあんまり悪く言うなら怒るぞ」


 驚いたような顔をした。俺が怒ったことに対してだということはすぐにわかった。

 最近は人にそれなりに優しくしているとは思っている。それが面倒だと思ったことはないし、これが普通だから変えることもない。玲奈には素直になれない時期もあったけど、それが一種の照れ隠しだと自覚もしている。

 だけど、好きな人を馬鹿にされるのは嫌だった。いつか玲奈がした想いがよくわかった気がした。


「ほどほどに。おまたせしました、帰りましょうか」

「……朝倉さん。どこから聞いてたの?」

「はて、なんのことやら」

「ふーん……」


 またつまらなそうに髪をいじると、波多野はため息を吐いてどこかへ行った。見るとお菓子の包み紙をたくさん抱えていて、少し困っているようにも見える。


「女子からは疎まれているものだとばかり……」

「よかったね」

「本当に」


 その内の一つであるクッキーを大切そうにテーブルに置いた玲奈は、どこか嬉しそうに笑った。そのお菓子を贈った相手とはさっき話したけど、向こうも少し嬉しそうに見えたのはおそらく気のせいじゃないだろう。


「うん、もう人いないよ。大丈夫」

「ふぅ……もう、キレちゃダメでしょ?」

「なんで?」

「なんでって……はぁ。話戻るけどさ、わたしのことを嫌いな人はいるわけだし。だから、受け入れてっていうか……」

「嫌だよ」

「……ま、君はそう言うと思ってたけどさ」


 俺がそう簡単に折れないことはわかっていたようで、玲奈は照れたように笑った。


「にしてもまあ、君ももらってんじゃん。結花ちゃんと波多野さんと……あ、清水さんかな? ちゃんと渡せたんだ」

「いろいろ言われたよ」

「えぇ?」


 もう好きじゃなくなったとか、自分は素直じゃないから嫌っているように見えるかもしれないけどそうじゃないとか。要するに、玲奈とは仲良くやっていきたいってことらしい。


「まあ、清水さんに何言われたかは聞かないけどさ。わたしからも、どーぞ。チョコレート」

「ありがとう。……なんか、ちょっともらえないかもって思ってたからめちゃくちゃ嬉しい」

「交際一年目のバレンタインだしさぁ。あー、一応だけど味にはあんま期待しないでね? 一応美希ちゃんたちと作ったんだけど……」

「そっか」


 準備をしてくれていた。それだけがただ嬉しいことだった。もらったばかりのチョコレートを食べると、玲奈はちょっとだけ嬉しそうな顔をした。


「美味しいよ」

「でしょ? えへっ、よかった」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 残りは家で食べよう。そんなに急いで食べるものじゃない。

 鞄にしまって、玲奈に手を差し出す。その手をぎゅっと握った玲奈は、そのままぐいっと引っ付いてきた。


「ホワイトデー、期待してもいい?」

「もちろん」

「やったね」


 どんなお返しをしようかな。きっとどんなものでも喜んでくれるんだろうけど、きちんと考えて贈りたい。一ヶ月先までたくさんの玲奈が見られるだろうから、一緒に過ごす時間の中で考えたいと思った。

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