103.三上くんと難しいこと

「なにから話せば良いのやら」


 口調はどうしてか戻らない。別に水瀬と上辺で話したいわけではないのに、どうしてもこんな風に話すことしかできない。


「とりあえずは元気そうでなにより! 朝倉ぁー!」

「わっ……」


 昔のことなんて忘れたように、水瀬はわたしに抱きついてきた。人懐っこいその笑顔は、以前とは何も変わっていない。それどころか、小学生のときよりも明るく見える。


「もう。変わりませんね、水瀬は」

「わりかし変わったけどねぇ。ほら、胸でかくなったし」

「当たり前では」


 嫌な顔ひとつせず、水瀬はわたしと会話をしてくれる。心地よいその感覚は、いつの日かの思い出たちを蘇らせてくれる。


「無理しなくていいよ。その方が朝倉は楽なんだよね」

「……すみません。水瀬には、本音で向き合うべきだとわかっているのですが」

「いいよ。朝倉がその方が楽なら、それで」


 どこまでも優しい子だ。小さい頃からそうだった。

 だから、わたしはそれに甘えてばかりで。背伸びをしていただけのわたしは、その水瀬の優しさに気づくことすらできなかった。そしてわたしは、今もまたこうして水瀬に甘えようとしている。


「もう少しだけ水瀬に甘えさせてください」

「なんのこと?」

「いえいえ」


 空いているスペースを探して水瀬の手を引く。少し遠くで悠斗が美希ちゃんたちと合流しているのが見えた。


「あの人、優しい人だね」

「そうでしょうか。最初は結構冷たい感じだったような……」


 もちろん、なんだかんだ言いながら付き合ってくれるところは最初からそうだったけど、口調が少し冷たかったような。いや、そもそも波多野さんとかには結構優しく話しているような気がしないわけでもない。あれ、もしかしてわたしにだけ冷たくしてた?

 その疑問は後で尋ねることにしよう。まずは水瀬になにから話そうかを考えることにした。そして、それは本来考えるまでもないことどとすぐにわかった。


「ごめんなさい」

「えっ、なに急に」

「ずっと前のことですが。水瀬のことを無視するようなことをしてしまって。それと、そのことをずっと謝りもせずにいて」

「……なんだ、そんなこと」


 そんなこと。そうだ、たったそれだけのことだった。

 父に迷惑をかけないようにと立ち振る舞いを徐々に変えるようになったわたしは、いろんなことに気を遣っていた。わたしたちはまだ幼かったからそのときに流行っていたアニメやドラマなんかの真似事をしたりしている子も多くて、わたしの変化もそれほど拒まれることなく受け入れられた。いや、なんでも話を聞いてくれて、悩みを一緒に解決しようとしてくれる存在がそのときのクラスメイトたちには都合がよかったのかもしれない。

 そうやっていろんな人からの評価をよくするのに必死だった。そうやってみんなのためを装っていると、いつの間にか先生もわたしにいろんなことを任せてくれるようになって。

 だからわたしは、水瀬の言葉を聞かなかった。一緒に帰ろうと、わたしの変化には理由があることに気づいていたであろう水瀬がかけてくれた言葉を、わたしは無視してしまった。


「それを言うなら、わたしの方こそごめんだよ、朝倉」

「なにについてですか。水瀬が謝ることなんてなにも……」

「よく知らないけど、朝倉のお母さんいないんだよね。だからなんか変なキャラで頑張って、みんなのためになろうとして。それなのに、わたしはそーんなくっだらないことで朝倉のことを今の今まで悩ませてきてさ。だから、ごめん」

「そんなこと、謝ることでは……」


 水瀬はどこか楽しそうに笑った。こんな話をしながらでも楽しそうに笑える水瀬が少しだけ羨ましく思えた。


「そんなこと、なんだよ、朝倉。そんな昔のちまちましたこと、全部そんなことなんだ。だってさ、わたしは朝倉に会えたとき、無視されたこととか力になれなかったこととか関係なくて、すっごく嬉しかったもん」

「……そう、ですね」


 わたしはどうだっただろう。逃げようとした怖かった。だけど、それは前みたいに水瀬と話すことができないのが怖かっただけだ。だからきっと、水瀬も最初からわたしには話かけてこなかった。

 結局、お互いに会って前みたいに話したかっただけなんだ。


「楽しい話を、しましょうか」

「彼とはどこで? どこまで? 結構いった!?」

「い、いえ別に……言えるわけないでしょう!?」

「結構進んでんだぁ?」

「……いえ。むしろその、駄目ですね」

「あらま」


 悠斗も少しずつ関係を進めようとはしてくれているらしいけれど、結局進めていないのは仕方のない事だ。だって恥ずかしいし、怖いし。

 それでも、わたしたちはこの関係について不満はない。お互いに、今はこの距離感が楽しいから。


「朝倉」

「はい」

「また遊ぼうね。もっと本音で話してくれるようになるまで、ずっと待ってるから」

「はい!」


 小さなほころびは、小さなきっかけで縫い合わせられるんだ。そのことを、わたしは知っていたはずなのにここまで引っ張ってしまった。いつか、また水瀬とも本音で語り合えたらと思う。


「……というか。わたしって変ですか? 変なキャラなんですか?」

「いやぁ……今の感じはまあ、いいんじゃない?」

「変だったということですか!? 答えてください!?」

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