102.朝倉さんの幼なじみ
「玲奈。行こう」
「う、うん! 美希ちゃん待ってるかも……」
「そうじゃなくて」
どうして玲奈が逃げようとしているのかはわからない。けれど、もし玲奈が見たのが本当に水瀬だったら、きっと話しておかなければいけない。
どの子が水瀬だろうか。アルバムで見た少女の面影を頼りに、人混みから探し出そうとしてみる。玲奈の方はというと、俯いたまま歩き出そうとはしない。
「あれ? さっきの」
「……ああ、どうも」
「……っ!」
声をかけてきたのは、昼頃に駅で会った女の子。玲奈は俺を盾にしてその子から距離を取った。
「……もしかして」
「その人が彼女さんですか? 人見知りなんですねぇ」
「人見知りと言いますか……あの、お名前って」
尋ねてからようやく自分がおかしなことを聞いているということに気づいたが、玲奈の反応を見るに尋ねるしかなかった。訝しむような表情ではあったが、彼女は口を開いてくれた。
「名前、ですか? えっと、
「やっぱり」
どうやら玲奈の見間違えではなかったらしい。後ろに隠れている玲奈は少しずつ俺と佐野倉水瀬から距離を取っている。
話をさせない方が良いのかもしれない。でも、俺にはようやく自分の気持ちを伝えられるようになった玲奈に逃げてほしくはなかった。今にも走り出してしまいそうな玲奈の手を強く握ると、少し痛そうに顔をしかめた。
「ちゃんと話した方がいい、と。俺は思うけど」
「わかってますよ、そんなこと」
冬休みになってからはほとんど聞かなかった、いつもとは別人のような温かな声。まるで、目の前の彼女とは関わりを持ちたくないかのように。それは普段のクラスの『朝倉さん』のそれとは随分違うものだった。
「……気持ちの整理を、させてください。すぐに戻りますから」
「そっか。わかった」
玲奈の手を離すと、静かに神社の影に隠れてしまった。
「いいの? 彼女さんなんかどっか行っちゃったけど!?」
「大丈夫。えっと……じゃあ、ちょっとだけ話をしませんか」
「えぇ……そういうのはどうかと思いますよ」
「いや違くて」
なにやら大変な誤解を招いているようだったが、佐野倉は一応は付き合ってくれるようだった。
「それで、何のお話をしますか? 昔の、朝倉の話でもする?」
「……気づいてたんだ」
「まあね。改めてどうも。佐野倉水瀬です。わたしのことは、朝倉から聞いてる感じ?」
「多少は。ああ、三上悠斗です」
「よろしく」
差し出された手に、俺も手を出して握手をする。
「まー、どっかで会うかなーって思ってたんだけどさ! なんかいざ会うと何話せばいいのやらーって感じなのよ! ほら、わたしは朝倉のこと覚えてたけど、朝倉の方はわたしなんて覚えてないかもしんないし!」
「……わたしなんか、は。玲奈の前ではやめといた方がいいと思うぞ」
「なにそれ、どゆこと?」
「いや別に。ただ、あの子は自分なんかって言われるのが嫌いだから」
「……へぇ」
少し悲しそうに笑った佐野倉は、一瞬だけ玲奈の隠れている場所に目を向けた。なるほど、そこにも佐野倉が関わっているらしい。
結局のところ、玲奈と佐野倉にどういった別れがあったのかすら俺は知らない。でも、それは佐野倉に聞くことじゃなくて、玲奈から教えてもらえるまで待つことだとわかっている。
「朝倉は最近どう?」
「どう、と聞かれても。俺は佐野倉と居たときの玲奈を知らないからな」
「ああ、そっか。じゃあ聞き方変える、朝倉は最近楽しそう?」
「それも、どうだろうな。俺にはさっぱりだ」
俺や美希、それから結花たちといるときは楽しそうにはしているし、実際に楽しいと思ってくれているとは思う。それでも、俺たち以外といる時間はやっぱり楽しいわけでは無いだろう。
「その辺は、本人に直接聞いてあげて欲しい」
「……ただいま、戻りました。その……お久しぶりです、水瀬」
「久しぶり、朝倉」
最大限の笑顔。けれどそれは随分引き攣っていて、その瞳は佐野倉ではなく俺を捉えていた。
「俺は美希のところに行ってくるよ」
「えっ、ちょっ……!?」
「ちゃんと話をするんだ」
「……わかりました。じゃあ、えっと。そうですね。行きましょうか」
「ん。どこに連れていかれるのかなぁ」
佐野倉の手を握った玲奈は、そのまま佐野倉の顔を見ることなくどこかへ消えてしまった。
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