90.三上くんと昔のこと

「昔さ、美希にめちゃくちゃ嫌われてたんだ」

「嘘だぁ」

「ほんとだって」


 信じられないし、考えられない。あの美希ちゃんか悠斗のことを嫌いだったなんて想像できない。

 お互いがお互いのことを大切にしすぎているこの二人に仲の悪かった時期があったことに驚いてしまったわたしに、悠斗は笑った。


「知っての通りだけどあんまり親が帰って来なくて。美希が写真嫌いなのはそれが理由だったんだけど」

「それと関係ある感じ?」

「というよりは、俺が写真で思い出とかに残そうとしすぎて鬱陶しがられてた感じかなぁ。そのせいでめちゃくちゃ嫌われてた」


 今となっては思い出話なのだろうか、悠斗はどこか恥ずかしそうにしながらもそのときのことを話してくれた。反抗するくらいなら仲良くしていたいと美希ちゃんは言っていたけど、なんだかんだでちゃんと兄さんに反抗していた時期もあったみたいだ。少しだけ安心する。

 というか、一つしか違わないのに悠斗はあまりにもお兄ちゃんしすぎではないだろうか。話を聞いていると悠斗の方こそ反抗する相手がいなかったのだろう。今度はそっちが心配になってきた。


「美希が風邪引いたときに粥を作ったんだけど、食べてもらえなくて。そのときは結構凹んだんだよな。なんか、意外とそれを俺も引っ張ってたらしくて。だからあんまり他人に料理を作るのが嫌になった……んだと思う?」

「だと思う」

「いや、結局今は美希とは仲良くやれてると思うし、そもそも結花たちには作ってたし。なんか違和感あって」

「たしかに?」


 待って。じゃあそれは単にわたしに料理を振る舞うのが嫌だったとかいう話なのでは。


「じゃあ、玲奈に作るのが嫌だったのかな」

「ほらやっぱりっ!?」

「いや、そういうのじゃなくて。なんて言うんだろうな。玲奈がそういうこと言い出したのってそれなりに俺のことを信頼してくれてからだろ」

「まあ、そだね」


 なら別に作ってくれても良かったのでは。いやわたしがわがままを言っていることは間違いないのだけれど。


「だから、下手なもの作って幻滅されるのが嫌だった、とかかなって」

「えぇー? ほんとにぃ?」

「多分」


 まあ、そう言われたら納得せざるを得ないんだけど。いやそうならわたしの彼氏かわいすぎないだろうか? 確かにこの二人が作るものは味付けが濃いものが多いので、もしかしたら合わないと思ってしまっていたのかもしれない。その頃はわたしがここまで料理下手だとも思っていなかっただろうし。

 なにより、その頃から多少なりともわたしに嫌われたくはないと思っていてくれたことが嬉しいから。


「じゃあ、今度またわたしに美味しいもの作ってね? わたし、悠斗の作るもの好きだから」

「わかった。今度な」

「楽しみにしてるからね」


 またわがままを言っている、と今更ながらに気づく。それに笑顔で答えてしまうのだから、ついわたしもわがままを言ってしまう。

 でも、今はこれでもいいかなと思ってしまう。もちろんわがままなのは良くないけど、悠斗が嫌がるようなことは言っていないはずだ。


「……いや」

「ん?」

「あの、さ。その、嫌なこと言ってたら言ってね?」

「急になに?」

「いや別に」


 また面倒な女になってしまっている。せっかくのデートなのにこんなことを言う必要なんてなかったし、なんならこんなことを話題に出す必要もなかった。ただただ悠斗のことを知りたいという、わたしの欲でしかない。


「玲奈」

「はい」

「そういうところも好きなんだよ」

「……はい」


 全く、どうしてこの男はこういうことをさらっと言えてしまうんだ。美希ちゃんか? 美希ちゃんが悪いのか?

 顔が熱いのがわかってしまうくらいに照れてしまう。恥ずかしさよりもずっと、そうやって言ってくれる嬉しさが上回ってしまう。


「次は、わたしが好きなもの作ってもらってもいい?」

「もちろん」

「やった」


 わがままだらけのわたしのことを、もっと好きになってもらいたいと思った。

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