89.朝倉さんと冬の思い出

「あ、いた。ごめん、待たせちゃった?」

「来たところ」

「ほんとにぃ?」

「マジでさっき来た。五分くらい前」

「……デジャブ」

「そういやこんなやり取りもしたなぁ」


 ちょうどそのときもこのショッピングモールだったか。あのときは玲奈が無理をしてちょっと大変だったっけ。その頃に比べれば話し方もすごく柔らかくなったし、俺のことをちゃんと頼ってくれているのが伝わってくる。

 手を差し出すと、今日は指を絡めてそのままぐいっと身を寄せてきた。もう一方の腕を俺の腕に絡めて、傍から見たらすごく仲の良いカップルみたいに見えていそうだ。


「行こっ!」

「まずはどこから行くかなぁ」

「服見に行こー? 悠斗にかわいいって言われたいです」

「ちなみに今言うのは?」

「ありよりだけど普通になしかな」

「なしか」

「気持ちは伝わってきたよ」


 めちゃくちゃかわいいと思っているので、それが伝わっているのは嬉しい。

 とりあえずアパレルショップへ。冬物を適当に見繕って試着室に入った玲奈を、のんびり外で待つ。


「ど?」

「うーん……かわいい、んだけど」

「なんか違う、ね。はい次」


 ぴしゃっ、と勢いよくカーテンを閉めた玲奈は、ぶつくさ言いながらもさっさと着替えて、またすぐにカーテンを開けた。


「どー?」

「めちゃくちゃ似合ってる」

「かわい?」

「かわいいというか、美人? 大人っぽい」

「ふむ。じゃあ買いで。次」

「そんな即決していいもんなのか」


 以前に来たときよりかなり雑に選んでしまっている気がする。カーテンを閉めてから玲奈は質問に答えてくれた。


「私服なんてそんなもんでいいの。見てほしい人がかわいいって言ってくれるだけでいい」

「そういうもんか」

「そそ」


 しばらくそうやって何着か試着してみて、俺からの反応がよかったものを玲奈はほとんど買ってしまった。満足そうにしている玲奈には何も言えないけど、少し奮発しすぎな気もする。


「よっし! 次どこ行こっか」

「どこでも。俺はまだちょっと考え中で」

「おっけ。じゃあ……とりあえずお昼にする?」

「そうするか」


 なんとなく方針は固めていた。ひとりぼっちが嫌な寂しがり屋の玲奈だから、部屋に飾れるものや少し子どもっぽいかもしれないけどぬいぐるみなんかがいいかなと思っていた。

 でも、こうして話していると違うなと思う。振り出しに戻ってしまっている。そもそもぬいぐるみはクレーンゲームで取ったものだけど渡している。


「ラーメン食べたい」

「じゃあ行くか。店入るか? フードコートにもあるけど」

「お店入ろっか」


 玲奈にしては珍しい提案に少し驚きながら、一つ上の階にあるラーメン屋に入った。寒いからか、少しだけ混んでいる気がする。

 案内されたテーブルに座ってメニューに目を通す。玲奈はあまりこういう場所に来ないようで、メニュー表相手に複雑そうな顔をしている。


「ピリ辛とんこつ……」

「イチオシみたいだな。俺はそれにしようかなって」

「ピリ辛、かぁ……」

「別にそれにしなくても」

「でも、人気ってことはほとんどの人がおいしいって思うわけじゃん。初めて入る店ならそれが安牌というか」


 その気持ちはわかるけど、玲奈は苦手なものはとことん苦手なタイプだ。ついこの前コーラにチャレンジして失敗したところだし、食べやすそうなものにしておいた方がいい気がする。


「よし! ピリ辛でいこう」

「ほんとに大丈夫か?」

「不安しかない。でもね、ちょっとこれもチャレンジしてみたくて」

「また心境の変化?」

「いや、これは前から思ってたこと」


 無理をしているというわけではないのだろう。玲奈はいつもの笑顔で店員に二人分頼んだ。こんなに寒いのに頬を汗が伝っているのを見るに、なかなか緊張はしているらしいけど。

 しばらく話して待っていると赤みがかったスープのラーメンが運ばれてきた。気前の良い店員は不安そうな玲奈に「めちゃくちゃ美味いんで!」と言い残してまた忙しそうに他のテーブルに注文を聞きに行った。


「じゃあ……うん、いただきます」

「いただきます」


 散蓮華でスープをすくった玲奈は、恐る恐るといった様子で口をつけた。


「ひっ……」

「大丈夫か? 水。とりあえず水」

「いや、いける……気がする? うん」

「ほんとに?」

「ほんとほんと。いやごめんやっぱちょっと無理……だけど水飲むと後がきついから、我慢する」



 そのまま麺をすすった玲奈は、少しつらそうに、でもどこか楽しそうにしながら手で顔をあおいでいた。

 それを見ながら俺もラーメンを食べる。ピリ辛と書いてあったが、しっかり辛さはある。


「美味いな」

「そう、だねぇ。麺もすっごい美味しい」

「食べれそう?」

「うん。意外といけそう。辛いけど麺とか具材とかもすっごく美味しいし」

「ならよかった」


 無理をしていないわけではないようだけど、美味しいと思っているのも本当なようでにこにこしながら食べている。


「かりゃい……いやぁ、でも美味しい」

「こういうの食べてみたかったのか?」

「うーん、まあそうだね。食べてみたかった」

「辛いの苦手なのに?」

「辛いのっていうか、はっきりした味付けのもの? いや辛いものなのかな……うん、なんかそういうの」


 うちのカレーですら辛いと言ってしまう玲奈がそういうものに挑戦するのにはもちろん理由があるのだろう。それを話すかを迷っているのかしばらく目を閉じて、それから息を吐いた。


「悠斗と美希ちゃんが美味しいと思うものをさ、わたしも美味しいって言いたいんだ。話合わせるだけじゃなくて、ほんとに美味しいって言いたいなって。味覚なんて意識して変えられるものじゃないとは思うけど、苦手意識から無くしていこうかなって思ったの。ほら、実際結構食べれたわけだし」

「……そっか。でもなぁ、俺は玲奈が美味しそうに食べてるところを見るのが好きだから。一緒に楽しもうとしてくれるのは嬉しいけど、そればっかりにはならないでほしい」


 どちらも本音だ。俺たちと一緒に食事をすることも増えたし、一緒に楽しもうとしてくれるのはとても嬉しい。どうしてもうちで作るときは濃い味付けになってしまうので、それに慣れようとがんばってくれている健気さがかわいくて仕方ない。

 それと同時に、食事をするのに毎回『がんばる』必要も無いと思う。やっぱり好きなものを食べて笑っている玲奈が可愛いと思うから。

 そんな本音を伝えると、玲奈は少し恥ずかしそうに笑って、それを隠すためにピリ辛のラーメンを完食した。

 しばらくして俺も食べ終えて、二人で会計を済ませた。


「……あの、さ。わたしも聞いてもいい?」

「なにを?」

「悠斗が人に手料理をあんまり出したがらなかった理由」

「あー……あったなぁ、そんなこと」

「わたし、そこそこ人の地雷踏んじゃってることあるっぽいじゃん」

「ないとは言えないな」

「だから。悠斗と話してるときくらいは嫌なこと思い出させたりはしたくなくて。いや今更だなぁ……誕生日プレゼントとか酷かったな……」

「おかげで写真への苦手意識はなくなったよ。料理に関しては、まあ。ちょっと情けない話だから」


 本当になんでもない理由だ。なんなら今だったら笑い話くらいにできる、そんな程度の話。

 そんな話を玲奈は「教えて?」といつもより少し柔らかい笑顔で言ってきた。

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