77.朝倉さんと打ち上げ

「ただいまー」

「おかえりなさい、兄さん……と、玲奈さん!」

「ただいま……でいいのかな?」

「おかえりなさい!」


 上機嫌な笑顔で出迎えてくれた美希に、玲奈も笑顔を返す。


「楽しそうだな」

「うん、楽しいよ。あ、クッキー作ってたんです。食べますか?」

「ありがと。後で食べるね」

「はーい」


 仲がいいのはいいことなのだが、それはそれとして美希がここまで玲奈に懐くとも思っていなかったのでこの距離の近さに少し戸惑ってしまう。結花たちといるときとも少し違う、俺の見たことのない美希の顔だ。


「どしたの」

「いや、なんでも」

「うっわ、優しい顔してる。なに、気になるって」

「なんでもないって」

「わたしも気になります。教えて、兄さん」

「気にならなくていいの。ほら、玲奈も手洗って」

「はいはい」


 不服そうに洗面所に向かった玲奈を見ながら、美希がこっこり聞いてきた。


「で、なーに?」

「……ほんとに、大したことじゃないよ。美希が玲奈のこと姉みたいな目で見てるから、ちょっと嬉しくて」

「そうかも。兄さんとはちょっと違う、なんて言うんだろ。うん、お姉さん」


 俺や両親に対する態度でもない。美希も玲奈への感情はしっかりとわかっているわけでもないのだろう。けれど、俺はそれでいいと思っている。


「玲奈のこと、好きか?」

「うん」

「それならよかった」


 それさえわかっていたら十分だ。

 手を洗って、リビングに向かう。玲奈もだんだんうちに来ることに慣れてきたのか、多少窮屈そうにしながらではあるが何の確認もせずにソファーに座っていた。


「玲奈さんって、やっぱり根が真面目だよね」

「そうだな」


 結花や日向はいつも当たり前のようにそのソファーで寛いでいるのだ。それに比べて玲奈はソファーの上で縮こまってしまっている。


「あ、ごめん。勝手に座ってるけど……」

「大丈夫だよ」

「よかった」


 俺が隣に座ると、少しだけ足を伸ばした。スカートから露出する足がやけに色っぽく見えて、咄嗟に目を背けてしまう。


「変態」

「悪かった」

「まあ、別に? もっと見てもいいけどさ?」

「そういうのはやめなさい」

「……はぁい」


 また不服そうな顔で、今度は俺の肩に頭を乗せてきた。可愛らしい誘惑に笑って返すと、上機嫌に頭をぐりぐり押し付けてくる。


「ほんとに仲良いね」


 今まで見せたことのないほどににやけた顔で俺たちのことを見ていた美希は、その表情のままリビングから立ち去ろうとする。このまま立ち去られたら玲奈が帰ったときに居心地が悪くなることは間違いないので、とりあえず呼び止めておく。


「美希、打ち上げ」

「そうだった! 兄さんも玲奈さんもお疲れ様です!」

「ありがとー」


 昼過ぎに帰ってくるなりすぐに焼いていたらしく、ほどよく焼き色のついたアイスボックスクッキーが出てきた。


「玲奈さん、あーん」

「あー……わっ、すっごい。おいしい!」

「よかったぁ……」


 楽しそうにしている二人は姉妹というより、先輩後輩のように見える。玲奈も美希も楽しそうに笑っているのが微笑ましい。


「悠斗も、ほら。美味しいよ?」

「ん……ほんとだ。上手にできたな」

「えへへ……」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに表情を緩める。


「ん……」

「ん? どうした?」

「えっ? なにが?」

「玲奈、ちょっと怖い顔してたぞ」

「えー? そんなことないって」


 美希もなんとも思ってないようで、楽しそうに笑っていた。


「それじゃあ、三人だけですけど。打ち上げ始めましょうか」

「おー!」


 やけにテンションの高い玲奈とお菓子を食べたり慣れないゲームをしたり、打ち上げというよりはただ家で遊んでいるだけの時間を過ごした。以前までよりも積極的に玲奈に話しかける美希の相手を楽しそうにする玲奈は、もうさっきの顔は見せなかった。





 三時間ほど。もう十分に日が暮れて、外は少し肌寒くなる時間になった。


「ふわぁ……」

「もういい時間だし、帰るか?」

「そーするー……ねむ。帰ろー」


 大きな欠伸をした玲奈は、だらしなく俺におぶさってくる。元から送っていくつもりではあったが、玲奈も俺が送るつもりであることをわかってくれているのが少しだけ嬉しい。


「じゃあ、送っていくよ」

「うん。気をつけてね」


 靴を履いた玲奈の手を握って、玲奈の家へ向かう。日が落ちれば多少は肌寒いが、しっかりと防寒するほどでもない。


「ねぇ、ちょっと止まって?」

「ん、なに?」

「……撫でて」

「えっ」

「頭、撫でて。ちょっとでいいからさ」


 一瞬何を言われたのかわからなかったが、顔を真っ赤にした玲奈を見て俺の聞き間違いではないとわかった。

 別に頭を撫でるのは初めてじゃない。それでも緊張してしまうのは、玲奈からこういうことを求められることがなかなかないからだろう。


「多分ね、美希ちゃんに嫉妬してたんだよね。褒められてていいなーって。撫でてもらえていいなって」

「……そっか。偉いよ、玲奈は」

「うん。……もうちょっとこのままで」


 俺の指先が冷えてしまうまで、俺は玲奈の事を撫で続けた。

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