75.朝倉さんとまだ遠い距離
文化祭はあと一時間ほど。もう時間はそれほど残ってはいない。それでも、隣を歩く玲奈は楽しそうだった。
「どこ行きましょうか」
「お腹空いてるなら、この辺でなんか食べるか」
「ああ、たしかに。よく考えればわたし、ちゃんとお昼ご飯食べてませんでした」
「なら、玲奈の食べたいものを食べよう」
「うーん……あ、たこ焼き」
「たこ焼き、好きなのか?」
「あなたと食べてからは」
そう言って笑った玲奈は、たこ焼きを十個買った。なんでもないそんな思い出が、玲奈にとっても大切なものになっているのが嬉しいと思ってしまう。
「こっち。座って食べましょう」
「そうだね」
たこ焼きを一つ頬張った玲奈は、次のたこ焼きを俺の目の前に差し出してきた。食べろ、ということらしい。熱そうなたこ焼きを俺も頬張ると、玲奈は満足そうに笑った。
「……ごめんっ!」
「えっ。急に何」
「その、一緒に過ごすつもりだったでしょ」
「別に。いいよ」
何を思ったのかはわからない。けれど、それが玲奈なりに考えての行動だということくらいはわかる。
でも、それはそれとして少し寂しかったのは事実で。せめて事情くらいはLINKなんかのメッセージでいいから教えてほしかった、という気持ちがないわけではない。
「……君は、さ。頼られるのが好きなんだよね?」
「まあ、そうなのかもな」
お人好しだとよく言われるが、結局は自分が頼りにされて嬉しいだけなのかもしれない。俺のことをよく見ている玲奈がそう言うのだから、そうなのだろうと思えてくる。
「でも、こういうの自分で言うことじゃないかもだけど、さ。君は今、わたしのことを一番大切にしようって思ってくれてるわけじゃん。美希ちゃんのこととか、みんなのこととか。いろいろ考えて、そのうえで今日はわたしとの時間を作ろうとしてくれてたわけじゃん」
「そうだよ。今は、玲奈が一番大切なんだ」
理由はたくさんある。もちろん、俺が玲奈の彼氏で、玲奈のことが好きだからというのも理由だ。
だけど、それ以上に。今まではきっと本気で楽しむことができなかったことを、俺と一緒に楽しんで欲しかったから。
「美希と遊んでくれてる間、玲奈もちょっと楽しそうだったよな。だから、別にいいんだ」
「……うん。楽しかった。楽しかったよ。けどね」
一瞬だけ目を伏せて、少しだけ恥ずかしそうに言った。
「君といるのが、一番楽しいんだ。だから、あとちょっとになっちゃったけど。付き合ってくれると嬉しいな」
「もちろん」
最後の一つを俺の口に放り込んだ玲奈は、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、行きましょうか」
「ん」
玲奈が伸ばした手を握って、ゆっくりと歩く。日はもう沈みそうになっているところだ。
「美希と遊んでるときに行かなかったところに行こうか」
「あ……あぁ、えっと、うーん……はい。そうしましょう」
妙に歯切れの悪い返事をした玲奈は、ゆっくりと歩き始める。なんとなく玲奈がどこに行こうとしているのかはわかったが、俺は何も言わずについて行くことにした。
しばらく歩いて、階段を上る。そしてまた少し歩くと、やや作り込みの甘い、文化祭らしい雰囲気のお化け屋敷にたどり着いた。
「……ほんとに行くんですか?」
「知らないよ。玲奈が連れてきたんだぞ」
「えぇ!? あなたが美希ちゃんと行かなかったところって言ったんじゃないですか!」
「ここ以外もあるだろ」
「確かにそうですけど……」
首を傾げながらも玲奈はさっさと受付を済ませてしまう。恐怖心よりも疑問が勝ってしまったらしい。
受付係に教室に案内される。ようやくお化け屋敷だということを思い出したようで、玲奈は俺の腕をぎゅっと握って、少しずつ進む。その玲奈に押されて、俺も一歩一歩ゆっくり進んでいく。
「早く行った方が楽だと思うけど」
「そんなに早くこの空間を歩けるわけないじゃないですか」
「そうかい」
二、三歩歩いて躓いてを繰り返して、少しずつ進んでいく。心做しかお化け役も驚かすのを躊躇っているようにも見えてしまったので、俺は無言で頷いてみせる。
お化け役の女子生徒はいかにもといった感じで驚かしてきた。
「ひゃっ!」
腕から胴体に抱きつく場所は変わった。それによって俺は動けなくなってしまい、お化け役の女子生徒も咄嗟に身を引いてしまった。
「玲奈? 早く進まないと」
「わかってはいます。わかってはいるんですけどぉ……」
「またおぶってやろうか?」
「……だ、抱っこ」
「……はいはい」
背中と膝に腕をまわして、玲奈の身体を持ち上げる。相変わらず軽くて、ふわりと花の香りがする。
「懐かしいな。玲奈が俺に汚名返上のチャンスとか言ってお化け屋敷に連れて行ったの」
「そんなこともありましたね……」
「あのときはまだ玲奈の言葉にも棘があってさ。でも、思ったよりも優しくて」
「思ったよりもってなんですか。まあ、言いたいことはわかりますけど」
何を言うにも仕方ないから、といった風でそのくせ俺のことを気遣ってくれたりするものだから、調子が狂って仕方なかったことを覚えている。そのときにはまだ、玲奈のことを面倒な女だって思っていた。
お化け役の生徒たちががんばっている。玲奈はその度にぎゅっと俺の首に回している腕に力を入れる。少しだけ早足で歩く。さすがに玲奈の様子を見て気が引けたのか、お化け役の生徒たちもそっと驚かしてくれた。
出口付近になって、ゆっくり玲奈を下ろす。そのまま二人でお化け屋敷を出た。
「はぁ……来るんじゃなかった……」
「俺は来てよかったけどなぁ」
「なんでですか。怖かったんですけど」
「変わらないなって。でも、変わったなって」
「あなたは時々とても難しいことを言いますね……」
そんな話をしていたら、あと三十分で文化祭が終わるというアナウンスが始まった。うちのクラスはこのアナウンスと同時に教室に集合する約束になっている。
「……終わってしまいましたね」
「そうだな。戻ろうか」
「……あの!」
「ん?」
「来年も、また。一緒に」
「……もちろん」
少しだけ恥ずかしそうに笑った玲奈の頭をぽんぽんと撫でて、そんな当たり前の返答をした。いつか、こんなやり取りをしなくても当たり前に来年の予定を決められたらいいなと思った。
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