67.朝倉さんの嫌なこと
うちの学校は夏休み明けに試験がある。別に難しくはないが、しっかりと勉強はしていないと厳しい内容にもなっている。
そんな試験を終えて、放課後。いつものように日向は死にかけていた。
「ごめんな、ユー……」
「ここにいない結花に謝るくらいなら、最初から勉強しとけばいいのに」
「うるせぇな。いつからお前はそんなマジメになったんだよ」
「少なくともお前よりは真面目だったよ」
そんなことを言いながら、俺はまた窓の外を見ている玲奈の方を見る。さっきよりも気の抜けた様子で窓の外を見ているが、その周りには珍しく誰もいない。
俺はそんな玲奈の席に向かって、窓にもたれかかる。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですよ」
「昨日勉強しすぎた、とか」
「ふふっ、わかってるくせに」
くすりと笑った玲奈は、またいつもの笑顔を貼り付ける。
玲奈が浮かない顔をしているのは、間違いなく朝の件だ。付き合っていることで騒がれるよりも、きっと俺が彼氏であることに疑問を抱かれたことが気に食わないのだろう。
「さて、行きましょうか」
「ん」
そう言って立ち上がった玲奈は、すたすたと教室の外へと歩き出した。俺はその一歩後ろをついて歩く。
クラスメイトたちは俺たちの様子が気になるようだったが、日向と遊びに来た結花が邪魔になる位置で話し始めてくれたおかげで気にはならなかった。
「そろそろ、大丈夫」
「そう? はぁ、だるー……やってらんないよ、もう」
「お疲れ」
頭を撫でてやると、「まだ人目あるから」と言って手を払いのけられてしまった。けれどどこか嬉しそうにはしている。
旧校舎の空き教室。俺と玲奈だけが使える場所は夏休みの間にまた埃まみれになっていた。そもそも、机と椅子の埃を払っただけでちゃんとした掃除はしていない。
「ここもまだ使わせてもらうことになるだろうし、一回くらいちゃんと掃除しないとね」
「そうだな。さすがに埃がひどい」
「だね」
そう言いながら、玲奈は椅子の上に溜まった埃を払う。
「……なんで、って言われてさ」
ぽつりと、呟くように言った。か細い声だったが、確かに俺の耳には届いた。
「逆になんで悠斗と自分は違うってわからないんだろうって。わたしのことが好きなんだったら、せめてなんか行動すればいいのにって。まあ、悠斗のことはなにもしなくても好きだったわけですけども」
嬉しい言葉についにやけてしまいそうになるが、今はそれを喜んでいいような話でもない。
玲奈からすれば、よくある話なのだろう。告白されてフラれた、なんで俺じゃダメなんだ、と。きっとそんなことを何度も聞かれてきたのだろう。
「なんで、か」
「ごめんね。難しい話して」
「いや。でも、結局俺も同じだなーって。今でこそ玲奈の素が好きだって言えるけど、俺も最初は作り笑顔を貼り付けて演じてる玲奈のことが好きだったわけだし」
「それは違う……ってのはさすがに贔屓か」
玲奈が好きになってくれていたから。この話は本当はそれで終わりなのだ。でも、入試の日。あの日に玲奈のことが目に入らなかったら、薬や時計を持っていなかったら。そもそも俺に余裕がなかったら。きっと、玲奈は俺のことを他の男子生徒と同じように見ていたと思う。
結局のところは偶然なのだろう。
「――偶然とは、言いたくないな」
「えっ?」
「わたしの本当は君だけが知ってるように、君の優しさもわたしだけ……じゃないっぽいけど、まあ、わたしだけが知ってる。だから、今は恋人でいられる。これが偶然っていうのは……ちょっと嫌だな」
「なら、なんて言えばいい?」
偶然だとは、俺も思いたくない。当たり前だ。好きになった女の子と結ばれた理由はただの偶然だなんて嫌に決まっている。
「偶然じゃないなら、運命しかないでしょ」
さらっと言った玲奈は、埃の被った机に顔を突っ伏して、けほけほと小さく席をした。綺麗な茶色の髪に小さな埃が付いてしまっている。
そうやって突っ伏している玲奈を見ていると、四月のことを思い出す。
「君が自分を褒めないのは知ってる。特別じゃないって思ってることも知ってる。でもね。今だから言えることなのかもだけど」
照れくさそうに髪の毛を弄って、小さな声で言った。
「わたしにとっての特別は、ずっと前から君だけなんだよ。それだけは、忘れないで」
「……ん」
その言葉にいつか前向きに向き合える日が来たときに。今度は俺が『なんで』という質問に答えよう。
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