66.朝倉さんと新学期
夏休みが終わり、今日から新学期になる。俺は眠い目をこすりながら、いつも通りの道を歩く。暑さはそれなりにマシになってきた。それでもまだ暑くて、頬を汗が伝ってしまう。
「……あ」
「おはよ」
「おはよう。ずっと待ってたのか?」
「ううん、実は通りかかったときに待ってようと思っただけ。ほんとについさっきだよ」
「そっか」
壁にもたれかかってスマホを弄っていた玲奈は、俺を見るとにっこりと笑った。言葉に嘘はないようで、汗ひとつかいていない。
「じゃ、行こっか」
「一緒に?」
「ダメ?」
「いいよ」
駄目なはずがない。かわいい彼女にそう言われて断る理由なんてあるはずがない。俺と玲奈は、並んで学校に向かう。
「今からでも帰りたい」
「諦めなさい」
「はーい」
手を繋いで、ゆっくり学校へ。時折俺たちを追い抜かしていく生徒たちが俺たちのことを――どちらかと言えば玲奈のことを――見て、面白そうな顔や不満そうな顔をしてきた。その度に、玲奈はにこやかな笑顔を返す。
「大変だな」
「そうですね。でも、すぐに悠斗もそう言ってられなくなりますよ」
「……まあ、だろうな」
あの朝倉さんに彼氏ができた。少なくとも日向が繋がっているグループには、もうその噂が伝わってしまっているらしい。
正門を通って、教室へ向かう。いつもよりものんびりと歩いてきたからか、着いた時間は少しだけ遅くなった。ある程度の生徒は既に教室にいるらしい。もう一度手をしっかりと握って、自分たちの教室の扉を開ける。
教室は相変わらず賑やかで、けれどどこかそわそわとした様子だった。まるで、誰かを待っているような空気だった。
「よう、悠斗に朝倉」
「おはよう、日向」
「おはようございます」
この教室の中では唯一気兼ねなく俺と朝倉に話しかけられる日向は、なんでもないような顔をして挨拶をしてくる。その様子に、周囲の雰囲気も少しだけ和らいだような気がした。
「な、なあ。朝倉と三上が付き合ってるって……マジ?」
誰かが言った。和らいだはずの空気が、また凍りついた。口に出してはいけない話題を出してしまったかのような雰囲気だったが、俺と玲奈は顔を見合わせて頷く。
「そうだよ。俺と玲奈は付き合ってる」
玲奈と付き合うということ。この面倒くさい女の子のことを好きになるということは、同時にこの完璧な美少女のことを好きになるということでもあるのだ。そんな当たり前のことを今更実感する。
教室のざわめきは少しずつ大きくなっていって、五分ほどで止んだ。
「……もういいですか?」
玲奈が言った。にっこりと笑ったままだが、頬を汗が伝っている。
「なんで、三上なんだよ」
「なんで、と言いますと?」
「男なら他にもいるだろ。その中で、なんで三上……」
「ありのままのわたしをかわいいと言ってくれたから。助けてくれたから。わたしが、悠斗を好きになったから。それだけです」
きっぱりと言い張っているが、最後のはもはや理由とは言えない。それに、少しだけ言い方がきつい。
「……少なくとも。質問の一言目がなんで、の人よりはずっと素敵だと思います。わたしが悠斗のことを好きになった理由を、少しでも考えてから言ってくれましたか?」
言葉が強かったと思ったのか、いつもの話し方になった。が、言っていることは追い討ちだ。勇気を出して言ってくれた男子生徒は、玲奈の言葉に渋い顔をしている。
「とにかく。わたしはもう、三上悠斗の彼女です。誰からも否定も指示もされるつもりはありませんので」
きっぱりと言い張った玲奈は俺の手を離して自分の席へと向かっていった。
「おい、お前の彼女なんか機嫌悪くね? 喧嘩したか?」
「してないよ」
席に座った玲奈は不機嫌そうな顔のまま――それでも口角は上がっているので、本人は笑顔のままだと思っているのだろうが――窓の外を眺めていた。
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