62.三上くんとクレーンゲーム

「美希ちゃん、ゲーセン行こーぜ」

「えぇ? またー?」

「負け越してるからな。次は勝つ」

「日向くん、それ言ってずっと負けてるよ」

「うるせぇな。今日は勝つんだよ。ユーも行くか」

「うん」


 北条くんたちは美希ちゃんと遊ぶためにゲームセンターに行くらしい。負け越しているから、なんて言っているものの、多分本当は美希ちゃんと遊んであげたいだけなのはその笑顔から伝わってくる。


「玲奈も行こ? ハルも」

「俺はいいけど。でも、玲奈はあんまりゲームしたりしないんじゃないか?」

「しないなぁ。でも、悠斗が行くなら行く。やったことないから、やってみたいし」

「そっか」


 別にそうやって遊ぶのが嫌いなわけではないが、みんなの見てる朝倉さんには必要のなかったもので。だから、こうやって誘ってくれたことはちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ嬉しかったりもするのだ。


「じゃあ、行こっか。近くのゲーセンどこかな」

「ここ近いぜ」

「うんうん……」


 美希ちゃんと北条くんは楽しそうにマップアプリを見ている。結花ちゃんが嫉妬しているかと思って見てみると、優しい笑みで二人のことを見守っていた。


「結花は、美希には怒ったりしないよ。玲奈にはどうかわかんないけど」

「前はずるいって言ってた気がするけど」

「あれは結花がいた方が美希が喜ぶってわかってたからなぁ」

「へぇ……」


 兄さん兄さんと言っているが、北条くんと結花ちゃんのことも大好きなんだろう。いつかそこに、わたしも入ることができたらいいなと思う。

 北条くんたちが見つけたゲームセンターへ向かうことになった。八月中旬だから、当然外は暑い。それでも北条くんと結花ちゃんは仲良く手を繋いでいる。

 だからわたしも、悠斗の手に自分の手を重ねて。悠斗は少しだけぴくりと反応はしたが、何も言わずに握り返してきた。


「……なんか、寂しい」

「美希ちゃん」

「はい?」

「こっちの手、空いてるんだけど……?」

「……はい!」


 中学生。反抗期とやらが来る兆しはない。そもそも反抗しようとする相手がいないのだろう。若干過保護な悠斗も余計なことにまで口出しはしないし、なにより自分が親ではなく兄であるという立場をちゃんと理解している。

 だから、こんな少し幼い笑顔を見せてくれるのだ。でも、それなのにこんなにもしっかりしてしまっていることが寂しい。

 しばらく歩くと、ゲームセンターにたどり着いた。自動ドアが開くと、とんでもなく大きな音が耳を刺激する。


「んじゃ、俺ら美希ちゃんと行ってくるわ。一時間くらいしたら戻ってくるから」

「ん。俺たちも適当に時間つぶしてるよ」


 わたしが美希ちゃんの手を離すと、少しだけ寂しそうな顔をして手を握って開いてを繰り返してから北条くんたちのところへ歩いていった。


「ありがとな」

「ううん、気にしないで。美希ちゃんのお姉ちゃんみたいになれたらいいかなって思ってるんだ」

「それは……」

「それは、なに?」

「いや」


 歯切れの悪い物言いに少しもやもやしたが、気にしないでおくことにした。

 ゲームセンターの勝手がわからないので、悠斗に着いていく。悠斗は大きな音にはなんの反応も示さないが、わたしは音が大きすぎて少し頭が痛くなってくる。


「なんか興味あるのとか、ないか?」

「うーん……わかんないなぁ……」

「そっか……」


 少し悲しそうに視線を落とした悠斗は、またふらふらと歩き始めた。少しでもわたしを楽しませようとしてくれているのが伝わってきて、嬉しくなってしまう。


「あ、これかわいいな」

「ん? ああ、クレーンゲームか」


 なにかのキャラクターだろうか、大きなぬいぐるみがケースの中に閉じ込められていた。クレーンゲームというものの話くらいは聞いたことがある。


「やってみる?」

「うん、そうしようかな」

「じゃあ、まずお金入れて。そのレバーで動かす。一回止めたらその上のやつが降りてくるから……」

「それで取ったらいいんだ」

「そういうこと」


 悠斗に言われた通りに操作をする。意外と操作は簡単で、しっかりと真上にクレーンが来るように操作しておく。

 降りてきて、クレーンの先が開く。しっかりとぬいぐるみを掴んだクレーンはそのまま少し上がって、その場でぬいぐるみを落としてしまった。


「……えぇ」

「まあ、こういうもんだよ。技術とかで簡単に取れるケースは少ないと思う。回数がいるかな」

「へぇ。まあでも、そんなぽんぽん持っていかれるわけにもいかないよね。はーあ、かわいかったんだけどなぁ」


 あくまでゲームとしては楽しめるものらしい。それに、悠斗の言い方的に何度もやればいつかは取れるらしいので、どうしても欲しい場合は何度もすればいい。

 幸いにもわたしは少し残念なくらいにしか思わなかったので、別に気にすることもない。


「次行こっか」

「……いや、玲奈は行ってていいよ。ちょっと、まあ。後から行く」

「なにそれ。いいよ、待ってる。あ、疲れちゃった?」

「あーまあ」

「わかった。飲み物買ってくるね」

「あ、えっと、だな。なんかアイスとかも欲しい」

「えっ? いいけど……珍しいね」


 アイスを買おうと思ったら、ゲームセンターから出てコンビニとか別の店に行かなければいけない。こんな暑い中悠斗がわざわざそんなことを頼んでくるくらいだから、相当疲れていたのだろう。よく考えたら、悠斗は寝不足なのだ。

 コンビニまでやや急ぎ足で向かって、飲み物とソーダ味のアイスを買う。何が好きかはわからなかったけど、とりあえず暑いときでも食べやすい感じのものを選んで買う。

 コンビニとゲームセンターは意外と近くて、往復で十五分ほどで戻ってくることができた。


「……よしっ」


 まだ倒れたりしていないかな、とか。そんな心配をしながら歩くわたしの気持ちなんて知らないであろう悠斗は、クレーンゲームで遊んでいた。


「……大丈夫なの?」

「あ」

「いや、別に怒ったりしないけど。なーんでわたしを追い出そうとしたのかなぁ?」

「そ、れは…………これ。やっと取れた」

「えっ?」


 屈んで悠斗が取り出したのは、さっきわたしが一度だけ挑戦したクレーンゲームのぬいぐるみ。


「玲奈にちゃんとしたプレゼントって、渡したことなかっただろ。いや、これもプレゼントなのか微妙だけど」

「……まあ、何にしても。体調が悪くないみたいでよかったよ」


 ぷいっ、とそっぽを向いて悠斗からぬいぐるみを受け取る、というかひったくる。きっとわたしはまた、にやけてしまっているのだろうな。

 思い返してみれば、悠斗はわたしがしつこいから仕方なく、なんてことも多くて。わたしに比べたら数倍素直だけど、それでもなんだかんだで素直じゃない少し不器用な悠斗の優しさが嬉しくて仕方ないのだ。


「……ありがと」

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