61.朝倉さんと嘘
「んじゃ全員揃ったしなんかすっか」
「なんかしよー!」
「じゃあ、たまにはのんびりおしゃべりして過ごさない? わたしいっつも北条さんとゲームしちゃってるし」
「いいんじゃね? あー、んじゃあ……王様ゲームみたいな感じでいくか」
「えぇ……どういうこと?」
名案を思いついたかのように言った日向に、玲奈は怪訝そうな表情を返す。珍しく日向の提案なのに結花も若干嫌そうな顔をしていた。
唯一美希だけが楽しそうにしている。
「つっても、割り箸用意してまー例えば『三番が二番との思い出語る』とかそういうのだよ。要は会話のネタを他の人が決めるだけ。変なことはさせねぇ」
「楽しそう。わたしはやってみたいけどなぁ」
「まあ、やらしいこと抜きならいいかなぁ。さすがにハルとそういうことするのやだよ」
「当たり前だろ、俺がさせねぇ」
そもそもそんなことを言い出しそうなのは日向くらいだが、なんだかんだで日向は結花だけじゃなく俺たち三人のことも大切に思っていることを知っている。何か考えがあるのはわかっていた。
「じゃあ、割り箸取ってくるね」
ぱたぱたと楽しそうに割り箸を割って、その先に数字と『王様』という文字を書いた。
「じゃあ、さっそくやろっか。結花ちゃんから時計回りで、最後に残ったのがわたしだね」
美希が言い終えるのが先か、結花はさっと一本の割り箸を奪い取る。その隣に座っていた俺が取り、玲奈、日向、最後に美希の割り箸だけが残った。
「おーさまだーれだー」
「美希ちゃんが一番ノリノリだね」
「えへへ……」
「あ、あたしだ。んじゃいくよ。二番の人が一番恥ずかしいエピソード話すー」
「……わたしじゃん。え、えぇ……」
非常に不服そうな顔でこちらに助けを求めてくる玲奈。だが、ルールはルールだ。それになにより、俺だって玲奈の恥ずかしい話が聞きたい。
「悠斗だけ耳塞いどくとか……なし?」
「なし。むしろ俺は絶対に聞く」
「きもい! きもすぎ!」
「なんでもいいから早く」
「うぅ……」
俺の事を睨みながら、玲奈は口を開いた。
「……悠斗と初めて出かけた日。遊園地に行った日ね。その日に撮った写真見てにやけてたら……たまたま帰ってきてたお父さんにドン引きされたこと。終わり。もうない」
ぷいっ、とそっぽを向いた玲奈に、俺と美希は優しい笑みを向ける。
「ありがとう」
「うっさい! もう、絶対言いたくなかったのに……」
「俺は嬉しかったよ」
「うっさいうっさい……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら、玲奈は俺の二の腕に頭突きをする。その間に美希は割り箸を回収して、さっそく結花に引かせていた。
また全員が引いて、札を見る。
「あ、わたしだー」
「美希ちゃんなら安心だね」
「じゃあねぇ……三番さんと四番さんの思い出」
俺の札には『4』と書かれている。大層な思い出なんてものはないが、俺なら多少なりとも全員と付き合いがある。
「三番あたし。四は?」
「俺。結花との思い出なぁ」
「あ、じゃああれでいいんじゃない? ちょい耳……」
「結花ちゃん近い!」
「それは無理じゃない!?」
俺と結花は玲奈の恨めしそうな視線を受けながら、話す内容を共有する。
「……いや、そんなことしたことないだろ」
「あるってことにするんだよ。玲奈の反応が見たいでしょ?」
「それは……まあ、めちゃくちゃ見たいな」
「でしょ?」
結花が話そうと言い出した内容は、全くの嘘だった。嬉々として口を開いた結花を止めようとしたが、その俺の身体を今度は日向が引っ張ってきた。
「やっぱりあたしとハルの思い出って言ったら、二人で花火見た時だよねっ!」
「あ、ああ。そうだな」
それは、確かに思い出としてある記憶だ。中学生の頃、まだ日向と知り合ってすらいなかった俺と結花が約束をした夏だ。中学生ながらに、『何があっても友達だ』なんて小っ恥ずかしい約束をした。今でもそれは覚えている。
だが、結花が始めたのは全く別の話だ。
「覚えてる? あんときはさぁ、まあお互い恋人なんかいなかったもんね」
「そうだな」
「だから花火をバックにキスしてさ」
「……そう、だな」
「……へぇ。へー。ふーん」
「それでハル、興奮していろいろしちゃって、ねぇ?」
「……嘘。嘘嘘絶対嘘」
遊びで言っているうちに玲奈が気づいてくれてよかった、とほっと胸を撫で下ろす。
「嘘に決まってるもん! そんなの、無理だし。悠斗がそんなのできるわけないし? 嘘だよ、嘘!」
「玲奈?」
「うっさい!」
見ると、玲奈は涙目だった。嘘だ嘘だと言っているわりには、結花の言った嘘の思い出に思い切り惑わされてしまっている。
そんな玲奈に申し訳なさもあって、俺はそっと玲奈を抱きしめる。
「離して……」
「嘘だよ」
「……なにが」
「結花が言ったこと。半分以上嘘」
「……知ってる。ヘタレだもん。一緒に寝ても、何もしてこないし。いや約束したからだけど。でも、うん。よかった」
胸の辺りがじわりと濡れた。玲奈の涙だと、すぐにわかった。
「ユー、ちょいやりすぎ」
「ごめん玲奈! 泣かせるつもりはなくて……」
「ほんとは、なに。思い出」
「あー……花火大会のときに『ずっと友達ー』とかいう約束したことくらいかな」
「……じゃあ」
鼻声で言いながら、玲奈は俺の腕を振りほどく。
「わたしともなんか、約束。二人共。それで、いいよ」
あまりにかわいらしい要求に、俺は咄嗟に玲奈から目をそらす。
「ハルと一緒。ずっと友達、ね? でもたまには喧嘩もしよ」
「うん」
こくりと頷いた玲奈は、満足そうに結花に笑いかける。結花は若干申し訳なさそうに笑って、玲奈の頭を撫でた。
「……で。君は」
「俺は……」
約束。玲奈との約束なんて、そんな簡単に思いつかない。ずっと一緒にいるから、簡単に口にできないのだ。いつ破ってしまうかわからない、無意識のうちに約束を反故にするようなことをしてしまうかもしれない。
それでも、これは約束というより願望に近い気がしたが、これだけは玲奈に誓っておきたいなと思った。
「ずっと、玲奈を守るよ」
「……ふーん」
つんとした言い方だが、結花に撫でられながら嬉しそうに笑う玲奈。こんな遊びの中での約束だが、その約束を守ることができたらいいなと思った。
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