43.三上くんと

「じゃあ、歩こっか」

「ん」


 うわあああああああああ、と頭の中で叫んでみる。

 今のところ、ちゃんと結花ちゃんに言われた通りに動けてはいる。まずはフラれたという誤解を解くこと。そのためには、女としての誘惑をしなければいけないこと。

 そうして出た結論が日焼け止めを塗ってもらうというだけで。決してこれはわたしがして欲しかったとかそういうわけではなくて。

 まだ背中に悠斗の手の感触が少し残っている。思い出しただけでも頭が痛くなりそうだ。

 とりあえず、コインロッカーに荷物を放り込む。別にお互い下着とかを除けば見られて困るものもないので、同じロッカーに入れておく。鍵は悠斗が持っておいてくれるらしい。


「そういえば」

「ん?」

「水着、似合ってる。パーカーも合ってるし」

「そ、そう? ありがと」


 そう言われると、やっぱり嬉しくもなってしまう。でも、改めて指摘されるとわたしはパーカーを着ているわけで。それならこんなに必死になって日焼け止め塗ってとお願いするのもおかしいのだ。

 それを、彼は善意で受け止めてくれた。優しすぎる。そんなところが本当に好きだ。


「……す……すぅ……す……」

「どうした?」

「……ストロベリー味、かき氷」

「ああ」


 何を言っているんだ、わたしは。そしてなぜ都合よく近くに海の家があるのだろう。悠斗は俯くわたしを置いてさっさと歩いていってしまい、ストロベリー味と小豆やらなにやらが乗ったかき氷を持って戻ってきた。

 思ったよりも本格的なやつが出てきてしまった。ストロベリー味もいちごの果実がトッピングされている。


「思いのほか本格的だった。はい」

「えっ。ごめん、ありがとう。お代いくら」

「いらない」

「駄目。二回目だし、それ。絶対払う」

「はぁ……七百円だから、気にしなくていい」

「えーっと……はい。ありがと」

「別に、いいのに」


 ここでこの前のゼリーとかの代金も返そうかと思ったが、絶対に受け取らないのでやめておいた。今は、あまり悠斗と口論をしたくはない。むしろかわいいところを見てほしい。

 近くにあった椅子に座って、受け取ったかき氷をひと口食べてみる。冷たくて美味しい。ちょっとだけ高かったけれど、その分ちゃんと美味しいので幸せな気分になる。

 悠斗も買ってきたかき氷を食べ始めた。宇治金時味らしい。そちらも少し美味しそうだな、なんて思って見ていると、わたしの目の前にスプーンが差し出された。


「はい」

「えっ」

「気になるんだろ。美味いから、食べてみたらいい」

「い、いいのかなぁ……?」


 悠斗は手を引こうとはしないので、素直に悠斗のスプーンに口をつける。悠斗が間接キスとかそういうものを気にしないのは、もうわかっている。純粋に優しいからこういうことをしてくれるのだ。

 今だって、わたしが口をつけたスプーンを使って何食わぬ顔でかき氷を食べ進めている。しばらく食べて、わたしの顔を見て、顔を背けた。


「……悪い」

「なにが」

「いや、その、俺のスプーン。嫌だっただろ」

「嫌なわけ、ないけど」


 どうやら、少しはそういうことも意識してしまうらしい。たまに見せるこういうかわいらしいところが、たまらなく好きだ。

 かき氷を食べてから、また適当にぶらつくことにした。


「あ、見て。めちゃくちゃ綺麗な貝殻ある」

「そうだな。そういうの、好きなのか?」

「うーん。まあ、変にキラキラしたアクセサリーとかよりは、貝殻にラメとか付けてるやつの方が好き」

「へぇ」


 持って帰ってしまいたい気持ちを抑えて、元の場所に返す。


「偉い」

「でしょ」


 ビーチコーミングはグレーゾーンとかいう話もよく聞いてしまう。ぶっちゃけたかが貝殻ひとつくらいならバレないとは思うけれど、そういう気持ちはあまり持ちたくはない。

 ぶらつくにも飽きてきたので、浮き輪を借りた。膨らませて、水面に浮かべてみる。


「抱っこ」

「は?」

「乗せて?」


 浮き輪を指さして、小首を傾げながらそう行ってみる。

 これはさすがに断られることがわかっているが、こういうあざとい感じも実は嫌いではないことを知っている。だから、断られる前提で。あくまでこれは、わたしからアタックしやすくするための建前に過ぎない。そもそも、自力で浮き輪にくらい乗れる。

 そのはずだったのに、わたしの身体は軽々と持ち上げられてしまった。


「へっ……」

「下ろすぞ」

「ま、待って待って!」

「なんだよ」

「あ……いや……えっと、もうちょっと、このまま、とか?」

「はぁ?」


 本当に、さっきからわたしは少しおかしい。こんなこと、好きな人相手でもなければ言うはずがないだろう。でも、嬉しかったのだ。お姫様抱っこというやつを初めてされて、それが初めて好きになった男の子で。嬉しくないわけがない。

 それに、わたしが好きだと伝えなくても、悠斗の方がわたしの気持ちに気づいてくれたらそれでいいのだ。

 悠斗はしばらく訝しむような表情をしていたが、それでもわたしを抱えていてくれた。わたしは悠斗の首に腕を回して、胸板に自分の身体を密着させる。


「……まあ、いいけど」


 悠斗はそう言って、片手で浮き輪を回収した。そのまま浜辺を歩き始める。

 わたしはなにをやっているのだろうか。たった一言、好きというだけでいいのに。そのためにこんなことをして、結花ちゃんと北条くんにまで手伝ってもらって。大好きな人に想いを伝える、ただそれだけのために必死じゃないか。

 早くしなければいけないのはわかっているはずなのに。いずれ誰かが彼の魅力に気づいてしまうことくらい、彼のことが好きなわたしだからこそわかっているのに。それなのに、こんなに踏み出せない自分が情けなくて仕方ない。

 ぐちゃぐちゃの気持ちに、ひとつひとつ整理をつけていく。このうるさい鼓動はわたしのものなのだろうか。悠斗のものなのか。

 そんなことを考えていると、悠斗が立ち止まった。


「朝倉」

「な、なに?」

「そうやって、俺をからかうのはいい。俺だから、いい」

「えっ?」

「でもな、好きな人がいるのにそういうことをあんまりするのはやっぱりよくない。そうやって俺なんかに勘違いされて、好かれて。朝倉がそういうことしてると、俺もやっぱりちょっとだけ、誤解はする」


 そういうこと。こうやって身体を密着させていることだろう。でも、そんなことは正直頭に入ってこなかった。

 ただ、悲しかった。わたしが好きになった人が『俺なんか』なんて言ってしまえることが。他人のことはすぐに褒めるのに、自分のことは簡単に卑下してしまえることが。


「……うるさい」

「は?」

「うるさい、うるさい、うるさい! そういうの、嫌! そうやってなんか、自分が駄目だって、そういう言い方するところだけは嫌い!」


 本当に、そこだけ。それ以外のところは、全部全部大好きなんだ。

 優しすぎて損しちゃうような君のことが、ずっと前から好きだった。


「秘密を絶対に守ってくれるところも、裏切られても怒らないで受け入れてくれるところも、わがままを聞いてくれるところも、おかしいくらいに優しいところも、心配すると少しだけ言葉が強くなってしまうところも、全部! 全部、全部、好きなんだよ! 受験のとき助けてくれたのなんて、君だけだよ! 私が好きなのは……」


 気持ち悪い。吐き気がする。その先が詰まってしまう。

 時間が止まったような気がした。それは多分、わたしが悠斗の腕から落ちたから。わたしが自分から落ちたのだ。痛みなんて感じない。けれど、あのまま悠斗の腕の中にいたらおかしくなってしまいそうで。いや、多分もう既にわたしはおかしくなっていて。

 だから、言えた。


「わたしが好きなのは、悠斗なんだよ」

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