第9話 ベタな真似を……でも、許さない!
――次の日・早朝
登校の準備を終えて学生寮からレンちゃんと一緒に学園へ向かいます。
私もレンちゃんも学園指定の制服。
青と水色と黒の模様が不規則に交差するマドラスチェックのスカートに、薄い青色のブラウスに濃い蒼色のネクタイの姿です。
私は獣人ですのでスカートはちょっと特別製。
マリーゴールド色のスレンダーな尻尾が飛び出す穴がついています。
もちろん、外から下着が見えない構造。
私は学生寮へ視線を振ります。
そこは友人たちと共に学び、遊び、拳で語り合うことのできる場所。
姿は赤色の屋根が乗るちょっと古めの木造三階建て。
定期的に内部は改装しているので、内装はさほど古臭くありません。
学園の敷地内にあるので、学生寮から石畳を五分ほど歩くと学園です。
というわけで、今日も元気よく学園に向かいましょう!
と、気勢を上げたところで、ラナちゃんが学生寮の外でキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている姿が目に入りました。
「あれ、ラナちゃん? どうしたんだろう?」
「たしか、あの子はミコンと同じクラスの子だったね」
「ええ、そうなんですけど。なんだか様子が変ですね」
ラナちゃんは制服姿で焦った様子を見せています。髪の毛にはトレードマークの緑色のリボンは無くて、栗色の長い髪を纏めることなく下ろしたまま。
その姿で、時折、たどたどしく他の生徒に話しかけては地面を見ながら歩いています。
私とレンちゃんはラナちゃんに近づき声を掛けました。
「ラナちゃん、どうしたんですか?」
「えっ? あ、ミコンにレン様」
「あはは、レンで構わないよ」
「で、でも、わんずが貴族様に」
「そんなこと学園では関係ないさ。私は君と同じ学園に通う生徒だからね」
「そ、そんじゃ、レン……さん」
ラナちゃんは遠慮がちにレンちゃんの名前を読んで、さん付けをしました。
それにレンちゃんはちょっと眉を折りましたがすぐに戻します。
レンちゃんは大貴族でラナちゃんは庶民。同じ学園の生徒とはいえ、他のクラスで交流がないとなると、遠慮が前に来てしまうのは仕方のないこと。
レンちゃんとしては寂しいのでしょうが、ラナちゃんの気持ちをわかっているので何も言わず微笑んでいます。
そこからレンちゃんがラナちゃんへ話しかけました。
「先程から通りがかりの人に話しかけて、キョロキョロと地面を見ているけど……もしかして、何か探し物かな?」
「は、はい。かかから貰ったリボンが無くなって」
「かか?」
「ママのことですよ、レンちゃん。リボンというとあの緑色のリボンですね。なるほど、だから髪を下ろしたままで」
「だ。昨日、あがいて干しさんでたんだけど、朝みに行がったらなくて。そんで、風にとべっとに?」
「干していた場所は共用の物干し台ですか?」
「だ」
「そこからなくなったから風に飛ばされてどこかへ飛んで行ったかもしれないと」
「だだ」
「わかりました。レンちゃん」
「うん、一緒に探そう」
「でも……」
「構いませんよ。始業までまだまだ余裕ありますし。それに友達が困っているなら当然のこと」
「ミコンの友人なら私にとっても友人だ。だから、気にしないでくれ」
「あ、ありなん。二人とも」
こうしてラナちゃんの大切な緑色のリボンを手分けして探すことになりました。
レンちゃんは登校中の生徒へ尋ねに行って、私とラナちゃんが地面と睨めっこ。
私は探す前にラナちゃんの頭をぎゅっと掴みます。そして、鼻先を髪に埋めました。
「ラナちゃん、失礼します」
「なな?」
「くんくん……これがラナちゃんの匂いですね。マップル製のシャンプーとコンディショナーの香りもします」
「な~~! ミコン、なんを!?」
「きゃっ?」
顔を真っ赤にしたラナちゃんから突き飛ばされました。
幸い、それほど勢いがなかったのでバランスを崩して倒れるようなことはありませんでしたが。
「ととっと、びっくりしました」
「がんたらのはわんず! いっきにするから」
「えっと?」
私は尻尾ではてなマークを作ります。
それを見たラナちゃんは深呼吸を数度行ってから声を出しました。
「びっくりしたのは、私。急に妙なこと、するから」
「わ、標準語ですね。お上手です」
「ありがとう。でも、なんで?」
「えっとですね、私は獣人族ですので、人間族よりも鼻が利くんです。だから、ラナちゃんの匂いを辿ればリボンが見つかるかなって」
「そうでこ……それなら、先に言って欲しかった」
「たしかにそうですね。驚かしてごめんなさい」
「いんもいんも」
ラナちゃんを驚かせてしまったことを反省しつつ、リボン探しへ移ります。
私は鼻を鳴らします。
「すんすん……う~ん?」
「どっだ?」
「そうですねぇ、なんというかぼやけた感じがします。でも、おそらく、あっちの方から」
と、匂いがしてそうな方向へ指を差すと、その方角にレンちゃんの姿が見えました。
レンちゃんはこちらへ駆け寄ってきます。
「ラナ、ミコン! リボンが見つかったよ!」
「はんがか?」
「ええ、本当ですか? でも、私の鼻の立場は!?」
「鼻? よくわからないけど、ともかく、何人かに尋ねたらリボンを見かけた人がいてね。だけど、その人が教えてくれた場所が……」
レンちゃんの歯切れが悪いです。それを問いかけようとしたら、レンちゃんは私たちに背を見せてこう言いました。
「とにかく、リボンを見かけたという場所に行こう」
レンちゃんに連れられ、私たちは学生寮の裏手へ向かいました。
裏手と呼ばれるだけあって、ここにはあまり人が来ません。
ここでレンちゃんは立ち止まり、教えてもらった場所へ顔を向けて、その顔を歪めました。
「あった。あの緑色のリボン。あれだね……?」
レンちゃんが指差した場所――それは汚水を流す側溝。そこからリボンの切れ端がはみ出ています。
切れ端を見たラナちゃんが駆け出していきます。
私たちも後を追います。
ラナちゃんは側溝の前まで来て、脱力するようにぺたんと座り込んでしまいました。
「そんな……どって……?」
入学祝いにラナちゃんのママが娘のために贈ってくれた緑色のリボンが――ドブに漬け込まれてました。
生活排水と雨水と腐葉土が混じり合い悪臭の放つドブ中にリボン浮かび、棒か何かで何度か押し込んだ跡があります。
そう、これは明らかに人の手によって漬け込まれたもの。
ラナちゃんは瞳に涙を浮かべて、ためらいなく汚水へ手を伸ばし、リボンをすくい上げて両手で握り締め、静かに、とても静かに肩を震えさせています。
私は辺りを見回します。
物干し台はここから学生寮を挟んだ場所にあります。
風でここまで運ばれることはありません。
そして、棒で突かれた跡。人為的なもの。
私は念のためにレンちゃんに尋ねます。
「大変失礼な話ですが、教えてくれた人はどうしてここに?」
「彼女の部屋は表玄関と離れていて、この裏手を通り抜けるとちょっと近道なんだって。それで、通り抜けている最中に、緑色の切れ端を側溝で見かけたそうだよ」
「そうですか……大変失礼な質問でした。でも、これで、責めるべき相手を絞ることができます!」
「ミコン?」
前日の放課後。
教室の出入口でラナちゃんのリボンにまつわる話を聞いていた三人組がいます。
彼女たちはこちらを覗き見て、ニヤついていました。
「ふ~、ベタな真似をしてくれます……でもっ! 狙うなら私にしなさいよ!!」
「狙う? 犯人に心当たりが?」
「ええ、ありますよ。ネティアたちです!」
「ネティアが? でも、彼女がこんな真似をするなんて……?」
「ネティアの取り巻きです。だけど、そんなのはどうでもいいです!」
私は拳を握り締めます。その動作にレンちゃんが声を荒げました。
「待て、ミコン! 彼女たちが犯人だという明白な証拠はないんだろう!」
「証拠? そんなもの……拳で吐かせてやりますよ! レンちゃん、ラナちゃんをお願いします!!」
「なっ!? ミコン、待つんだ!!」
私はレンちゃんの声を無視して、走り去っていきました。
――裏手
側溝そばに残ったレンはミコンからラナへと瞳を振る。
「ちょっ、ミコン! だけど、ラナを一人には」
「あ、あの、どった。ミコンは?」
リボンを握り締めるラナが、涙を残した栗色の瞳でレンを見上げてくる。
母の大切なリボンを穢され涙を落としていた彼女は、ミコンの剣幕にただならぬ気配を察し、自分のことよりも大切な友へと意識を移していた。
「ラナ……ミコンはネティアたちを問い詰めに行った。暴力的な手段でっ」
「そ、そんな。そないしたら、ミコンは?」
「ああ、退学になってしまう! ラナ、すま――」
「行ってんも!」
レンが言葉を言い終わる前にラナは言葉を重ねた。
それを受け取り、レンは礼を述べる。
「ありがとう、ラナ!」
礼を言うと同時にレンはミコンを追う。
彼女の姿はあっという間に点になるが、その後ろからラナも駆け出す。
大切な友達を傷つけないために――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます