迫真将棋部テイルズ

@sorahaze

第6話

『第1章super stand up, a girl 』より『素っぱになりたがる 』


吹き荒れる海風にあらがいながらブロンド髪の少女が走る!

彼女の他には無数の倉庫が建ち並ぶのみである。

この10台後半ほどの少女は、無機質な風景であることも踏まえてもなお異質であった。白い帽子とYシャツの他には上下の下着のみ。

乱心か?否、少女の水色の瞳に迷いはない。

この先の倉庫の一つに行方知れずとなっていた恋人の手がかりを掴んだのだ。長らく反応のなかったGPS機能に反応があり、着の身着のまま家を飛び出した。

何らかの事件に巻き込まれたに違いない。自身の危険も覚悟の上だ。

いざとなれば、十年来の中華拳法を__

今は走る!


数分走った後、目的の倉庫へとたどり着く。

Yシャツ下のたわわな果実が揺れる。彼女のバストは豊満であった。

扉に鍵はない。問題なく開けられる。

中には不自然なほど物がない。そして中央には人影。

橙色の足元まで伸びるフード付きローブを羽織り、その表情は窺えないが紺碧色の瞳が少女をはっきりと見つめている。

先に口を開くのは橙ローブであった。

「遅かったじゃないか」

少女は返事の代わりに両手を広げ、円を描くように回した。中華拳法の構えだ。

中国大陸発祥とされるこの拳法は数百、数千の流派、型が存在する。彼女の場合反撃に重きを置く、明確に後攻型の流派であった。

「何を企んでいるのかは知らないですけど、事によっては痛い目を見てもらいますよ」

「『国術』か。なんとも女々しい拳法だ」

橙ローブは嘲笑いながら構える。片足を前に出し両腕を縦に胸元へ引き寄せた。その構えは対照的であった。少女を優雅な円に例えるならば、橙ローブは武骨な直線であった。


――ブゥン

仲裁に入るレフェリーの如く、何かの起動音が鳴った。天井にモニターが備えられている。

モニターの砂嵐が明瞭になっていく。そこには手足を縛られ床に倒れている黒髪ショートの女性、少女の意中の人物であった。彼女の胸は平坦である。安否ははっきりとしない。

「なるほど、私をおびき寄せるための生餌。いえ人質というわけですね。暴力はなしだと。」

「逆だ。情けない戦いをすれば、タダでは済まんということだ。」

橙ローブは構えを維持したまま続ける。

「お前の目的はもう一つ隣の倉庫の中だ。安心しろ、彼女は無事だ。今のところはな……」

「血で詫びなさい」

両者は間合いを計りながらじりじりと歩み寄る。少女は耳裏を冷や汗がつたう。ローブにより相手の足運びが認識しづらい。

その距離はついに1mほどに達した。必殺の間合いだ。

「カイシッ!」

橙ローブは叫び、右直拳を放つ。

演武前に行うシャウトは演目を周知させる形式的なものと思われがちだが、実際には身体の無駄な力を抜き、技の威力を数段上げることが科学的に証明されている。

経験則的にも武道経験者間では常識である。


右直拳は真っ直ぐと少女の首へと伸びる!危ない!

早くも決着!

__かに思われた。

右直拳は明後日の方角へとそれる。

おお、何たることか!

読者の中に反射神経に自信ニキはおられないだろうか!

少女は驚くべきスピードで両手によって円を描き、攻撃を誘導したのだ。

この光景をFJITKS九段が目撃したならば、如何なる料理に例えたであろうか!


「ぬぅ、小癪な」

「フッキ!」左突蹴!

「ウケッ!」円を描き無効化!

「ツノッ!」左直拳!

「ウケッ!」円を描き無効化!

「エイシャッ!」右突蹴!

「ウケッ!」円を描き無効化!

橙ローブは続けざまに攻撃を行うが徐々にその間隔は開いていく。

それに伴い少女のムーブは攻勢へと転じつつあった。

連撃はすでに5分にも及んでいた。

しかし少女は受ける。否受けざるを得なかった。

それは疑念__

実力がほぼ拮抗している相手の攻撃をここまで簡単にいなせるものか?

少女は守りに徹しながらも相手に自分と似た気風があると感じ取っていた。

__これは罠(ベイト)だ!

橙ローブは少女のカウンターを待ち、カウンターのカウンター、クロスカウンターを狙っていたのだ。

何たる狂気じみた戦略か!

初撃を防がれたことから同格だと判断し、必殺の間合いの中、クロスカウンターの単騎待ち。あえて自分の首を差し出し続けたのだ!


同じ気風?少女は相手の顔を見やる。どこか会ったことが?

しかしフードから覗く紺碧色の瞳、揺れ動く銀色の前髪がそれを否定した。

このような人物に覚えはない。

このとき少女はあらゆる思考を捨て、攻勢へと転じる。相手がクロスカウンターを狙うならさらにその先へ__


少女の勘は遠からず的を得ていた。この日本拳法使いは元は同じ中華拳法流派であった。修行の中、自分には合わないと判断し別の道へと進んだのだ。


「エイシャッ!」右直拳!

「ヨンゴウッ!」円を2回転描く!!

1回転目で無効化、2回転目で右手刀を振り下ろす!!

しかし橙ローブの2撃目はすでに仕上げのフェーズへと移っていた。

左突蹴!先制を取ったのは橙ローブ!

勝利を確信し、笑みがこぼれる。

「なんと弱い拳法だ!」

_________________________

次の瞬間、少女の姿を消していた。

__なぜ?

橙ローブが思索したコンマ1秒後、蹴りを食らっていたのは自分のほうであった。

体が1回転し、壁へと叩きつけられる。

「グハァ!」


お分かりいただけただろうか?

先制を取られたはずの少女の手刀は次の攻撃への予備動作であった。

手刀を相手の左突蹴に当て、トランポリンの如く空中へと飛び上がったのだ。

自分と相手の回転エネルギーを軸に回し蹴りを放ったのだ。


橙ローブはうつ伏せに倒れ、起き上がることが叶わない。勝負は決したのだ。

少女は荒げずに、だが確かな怒りを込めて話しかける。

「あなたはこの拳法が弱いと言いましたね。私はそうは思いません。例え否定した人があなたであっても、強豪であっても、プロであっても、人工知能であっても変わりません。私はこの力を信じます。それがこの拳法の使い手を使い手たらしめる最後__最後の__」

言い終える前に橙ローブの意識は沈んだ__


少女は橙ローブを仰向けに寝かせ、隣の倉庫へと走る。

様々な疑問が頭の中をかき回す。しかし今は走るしかない。

走れ!__走れ__!


___________________


倉庫の入り口へと向かうブロンド髪の少女が揺れる。その胸は豊満である。

立ち去る彼女を天井モニター脇の小型カメラが追う。


___________________


ここは超高層ビルが立ち並ぶ、渋谷区千駄ヶ谷。

元は2階建ての拳法道場がある程度だったが、無数の改築が続けられ、現在は街を飲み込み巨大なシステムへと変貌を遂げた。その中でも最も高いビル、センダガヤ・スゴイタカイタワーの777階VIP専用ルームではけたたましい音楽が鳴り響いている。

照明は薄暗く、利用者の姿はシルエットのみ視認することができる。これはプライバシーを確保する意味があり、それほどのVIPしか利用しないことを示していた。

部屋の中央のモニターには「オッズ」「勝者」「獲得」などの文字とともに十数桁もの数値が絶えず変動している。


VIP中のVIP、主催者のみが許される2階席では4人の人影。

王冠らしきものを被ったシルエットが楽しげに語り始める。

「実にいい試合でした!思わず私も混ざりたくなるほどに!」

興味ないとばかりによそを見る、着物姿のシルエットは素っ気なく返事を返すのみ。

他には輪郭を歪ませ、背後に名状しがたき影を揺らすシルエット。翔鶴型航空母艦のシルエット。


4人の会話をかき消すように下階から歓声が湧き上がった。

「初代王者vs挑戦者」

オッズが目で追えないスピードで変動し、けたたましい音が鳴り響く__


__『第1章super stand up, a girl 』完


次回:『第2章 名状しがたきもの』より『乳首ねぶりショゴス』に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迫真将棋部テイルズ @sorahaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る