指を咥えて見ていた。
桂花陳酒
夏目 詩乃
あの日に、同じ目標を誓いあってここまで来たのに、この差はいったいどこでついてしまったのだろう?
「なんで?」
って心の中で何度も呪詛のように呟いた。
布団の中で何度も枕を濡らした。
私達は同じ高校生なのに。同じ“小説家”を目指しているはずなのに。
彼女は生まれ持った才能と、その努力を組み合わせて3つも賞を取った。
私の目の前から攫っていったとも言える?
私はその快進撃をただ、指を咥えて見てることしかできなかった。
『天才少女作家』の肩書きを誇らしげに振りかざす彼女を見て、私は自分の惨めさを痛感するしかなかった。
メールの受信欄を何度も更新した。
郵便受けの中をくまなく探した。
それでも、私が求めたものは見当たらなかった。
「羨ましい……」
私は彼女に跪いた。
「憎たらしい……」
また、私は指を咥えた。
親友にして、生涯の敵でもある彼女は私の見上げるような視線に対して、優越とも困惑とも取れる表情を浮かべると、視線を逸らした。
「あの、さ。しーちゃん?何してるの……?私の指、そんなに舐めてさ……。やめて、くれない……?」
彼女が震えた声で私を拒む。
私はそれを聞き入れることなく彼女の指を咥えたまま上目遣いを続ける。
この指が、私と彼女を引き裂いたと言えるかもしれない。この指が、あの作品たちを書く筆を握らなければこんなことにはなっていなかった。
私の唾液と舌が彼女の指に絡みつく。
澱粉を分解するためでも、嚥下を助けるためでもなく、彼女の指を汚すためだけに分泌されている、私の唾液を舌で塗りこめる。
味わうために含んでいるわけではない指を丹念にしゃぶる。
離さない、とでも言うように歯で少し甘噛をする。
その瞬間、彼女は少しだけ目を瞑った。
そして、すぐに指を私の口から引き抜いた。
口の中からぬるりと引き抜かれていく指には糸を引くように唾液が纏わり付いていた。
「ねぇ、どういうつもり……?」
怒っているというよりは、ただただ、現状に困惑している様子だった。
「……」
何も言わずに、私の視線は彼女の目を捉え続ける。
「何か、言ってよ……」
彼女の声は未だなお震えている。彼女は説明を求めている。
ならば、私の……いや、私達の10年に及ぶ奇妙な縁。彼女もよく知っているだろう因縁を彼女に明かしてやる他無かった。
「私……私はっ。ずっと、ずっと恋歌と一緒にいられるって思ってた。同じ世界にいられるって思ってた。でも、そうじゃなかったみたい。
覚えてる?こうなったのはきっと、あの時からだよ?
10年前に、交換日記でリレー小説やったの覚えてる?覚えてるよね?
あの頃は拙い字、拙い言葉しか書けなかったけど、それでも楽しかった。
それから、物語を書くことが楽しいって思えるようになって、2人で将来の夢は“小説家”がいいなって言ったよね?
いっぱい本読んで、表現とか覚えて。『いつか合作しようね!』なんて約束までして……。
一緒の賞に応募して一緒に落選してさ。
でも、恋歌の方が才能とか、運とか私より持ってたみたいで、新人賞を受賞しちゃって。
最初は嬉しかったよ?でも、2度目で差を感じて、焦って、3度目でもう届かないところまで行っちゃったんだな、って絶望した。
それにさ、恋歌が賞を取ったやつってさ。全部、恋愛小説だよね。男女の。
私、ほんとは恋歌のこと好きなんだよ?
でも、きっと叶わないんだろうなって、恋歌の作品読んで思ったんだ。
私が望むような形で恋歌と一緒にいられることはないんだね……」
涙が口の中に入る。しょっぱかった。
私は、言葉を紡ぐ度にどんどんと視界が悪くなっていった。
「しーちゃん。いや、詩乃」
彼女が私の名を呼ぶ。
「ごめんなさい……」
彼女が私に謝罪をしている。
「詩乃には一つ、言うことがあるんだ」
彼女は、そう言って、私の唾液にまみれた人指し指を舐めた。
それが妙に妖艶に見えて、彼女から目を背けたくなる。
「迎えに来たよ? 私の大好きな詩乃」
彼女は、今まで見たことのないような笑顔を浮かべていた。
その笑みを見て、今度は私が震える。
結局、私はどんなことでも彼女に勝てないのだと、その時に本能的に悟った。
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