第100話 『絶対に』
走ってきた秋斗が、まだうつ伏せになったままの千紘の前に膝をつき、声を掛ける。
「千紘のことだから、どうせ今も回復なんて後からでいいとか思ってるんだろ?」
どうやら、前回ダイオウイカと戦った時のことを言っているらしい。
秋斗には千紘の考えていることなどお見通しのようだ。
そんな秋斗の顔を上目遣いに見上げた千紘は、苦しげに息を吐きながら答える。
「……
「まったく頑固だなぁ」
千紘だってボロボロだろ、と秋斗は呆れ気味に小さく溜息をついた。
「……秋斗」
今度は視線だけではなく、しっかりと顔も上げた千紘が、秋斗をまっすぐに見つめる。
「どうした?」
秋斗は千紘の真剣な眼差しに不思議そうな表情を浮かべながらも、そのまま顔を覗き込むようにして見つめ返した。
「……俺のことはいいから、四人で逃げろ」
「千紘!? 何言ってるんだよ! そんなことできるわけないだろ!」
千紘が静かに告げた言葉に、秋斗が
それを無視して、千紘は懇願するようにさらに続けた。
「俺が
「ふざけるな! 四人でって何だよ! 五人揃ってスターレンジャーだろ!」
「でも、このままだときっと全滅する……」
あいつの強さ見ただろ、千紘がそう付け足すと、秋斗は一瞬息を呑む。戦況はわかっているのだ。だが、すぐに泣き出しそうな顔で、千紘を怒鳴りつけた。
「囮とか、自分だけいい格好しようなんて許さないからな! 何があっても絶対に五人全員で帰るんだ!」
床についた秋斗の両の拳は、震えている。今にも千紘に殴りかかろうとしているのを、ぐっと堪えているようにも見えた。
こんな状況でも自分を生かそうとする秋斗に、今度は千紘が目を見開く番だった。
「絶対に……?」
「そうだ。絶対に全員揃って地球に帰るんだよ。もし千紘が残るつもりならおれもここから動かないからな」
千紘の唇からか細く紡がれた言葉を、秋斗が拾い、しっかりとまた言い聞かせる。
予想もしていなかった台詞に、千紘は思わず呆けてしまう。そのまま秋斗の顔を直視することしかできなかった。
(まったくどっちが頑固なんだか……)
我に返って、先ほどの秋斗の言葉を思い出した千紘が、ふ、と微苦笑を漏らす。
自分はまだ死んではいけない。そんな単純なことに今さら気づかされた。
「……そっか。絶対、とかそれはまためんどくさいな……」
千紘が小さく呟き、ゆっくり起き上がろうとすると、
「そうだよ。おれは自分勝手でめんどくさいんだよ。千紘が前にそう言ったんだからな」
秋斗は手を差し伸べながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
黙ってその手を取った千紘は、秋斗に優しく支えられ、どうにか起き上がる。
(『絶対に』五人で帰らないと意味がないのか。確かにそうかもな。俺がよくても、みんなは後味悪いか……)
そんなことを考えながら、秋斗の助けを借りて、その場に座り込んだ。壁にもたれ、
「……わかった。俺も地球に帰れるように頑張るよ」
ようやく覚悟を決めた千紘が、両手で長剣の
大きく息を吐き、長剣を床から抜いたところで、その様子を見守っていた秋斗が千紘の耳元に口を寄せてきた。
「ところで、さっきノアと少し話したんだけどさ」
「?」
※※※
「……ってことなんだけどさ」
「なるほど。でもそんなことホントにできるのか?」
秋斗から聞かされた話に、千紘が薬草を
はっきり言ってかなり
すぐ出せるように、とリュックからポケットに移していたのをすっかり忘れていたらしい。
律の魔法に比べると断然劣るが、まあまあ回復効果はあるようで、千紘の身体も少しではあるが楽になっていた。
しかし千紘は、口の中に広がるこれまで味わったことのない苦味に、「もう二度と食べたくない」と今まさに思っている。
「やってみないとわかんないけどさ、何もしないよりはいいだろ? もちろん千紘がまだ動けるなら、って話だけど」
「それもそうか。まあ俺が中心の作戦なら、意地でも動いてみせるけどな」
やっとのことで二枚目の薬草を飲み込んだ千紘は、秋斗の言ったことに納得しながら、素直にその話に乗ることにした。
確かに今はできる、できないの話ではなく、『何でもやってみるしかない』状況である。
もちろん多少の回復はできたとはいえ、千紘の身体がまだボロボロなことに変わりはない。けれど、不思議と心の中はすっきりしていた。
もう自分が囮になって皆を逃がそうなどとは思わなくなっている。
『五人全員で地球に帰る』、ただその一心で、今はここに立っていた。
「じゃあ、とっておきのやつやってやろう!」
さらに元気づけるような秋斗の言葉に千紘が大きく頷き、今は香介の傍にいるノアに視線を移す。
今回の作戦にはノアの協力も必要だ。
ノアもわかっているらしく、目を細めながら首を縦に振っていた。
香介と律も、秋斗とノアが作戦を立てていた時に近くで聞いていたのだろう。一緒になって笑みを浮かべている。
きっと上手くいく、皆がそう言っているように見えた。
たったそれだけのことで、千紘にも元気が湧いてくる。まだいくらでも動ける、頑張れると思った。
勝てる気すらしてくるのだから、まったく不思議なものである。
「よし、やってやるか」
四人の笑顔に励まされ、千紘は再度しっかり頷くと、今度こそまっすぐに前――未来を見据えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます