第87話 教団、再び

 緑色のマントを脱ぎ捨て、千紘たちは再びヴェール城へと戻ってきた。


 回りくどいことは一切せずに、正面から正々堂々と乗り込む。

 先ほど森の中で千紘が言った通り、教祖であるノアが消えたことはすでに教団側に知られているだろう、との判断からだ。


 何の躊躇ちゅうちょもなく全員で城の中に踏み込むと、すぐに幹部らしき男性信者二人と出くわした。フードまでは被っていなかったが、相変わらず鮮やかな緑色のマントが目に痛い。


「教祖様!」


 ノアの姿を認めた幹部たちはほっとした表情を浮かべると、マントをひるがえしながら駆け寄ってきた。ノアしか見えていないようで、千紘たちの存在は気にも留めない。

 完全に無視されているように思えなくもないが、むしろ今はそれがありがたかった。下手に騒がれても困るからである。


「教祖様、ご無事でしたか!」

「ずっとお探ししていたんですよ!」


 息を切らしながら、それぞれそんなことを言った幹部は、ずっとノアの捜索に奔走ほんそうしていたように見えた。

 教祖が無事に戻ってきたことが本当に嬉しいらしい。二人の表情の明るさがそれを物語っている。


 それもそのはず。教団にとって、教祖とはとても重要な存在だ。

 部屋の前で別れたと思っていた教祖が、気づいた時には忽然こつぜんと姿を消していたのだから、大慌てで捜索だってするだろう。


 そんなことは千紘たちだってきちんとわかっている。


「お怪我はありませんか?」

「早くお部屋に戻りましょう」


 幹部たちが、今度はおろおろと心配そうな顔でノアに手を差し伸べようとした。

 しかし、それを避けるように一歩前に出たノアは、にっこりと人好きのする笑顔で言ってのける。


「悪いんだけど、オレ本当は教祖なんかじゃなかったみたい」

「はい?」


 ノアの言葉に、幹部たちが声を揃え、首を傾げた。


「じゃあ、後は千紘にお願いするね」


 まっすぐに前を向いたままのノアは、笑顔を一切崩すことなく、後ろにいた千紘にそう告げる。

 次の瞬間だ。


「二人ともおとなしくしててくれよ」


 これまでずっと無視されていた千紘が、ノアの背後から飛び出す。

 すぐさまノアと幹部たちの間に入った千紘は、腰に装備していた長剣をさやごと外しながら、その場に屈み込んだ。


「え?」

「は?」


 きっと予想外だったのだろう。千紘の行動に、二人の幹部は反応できずにいる。

 その隙に千紘が鞘に収めたままの長剣で軽く二人の足元をぎ払うと、幹部たちはあっさり仰向けに倒れ込んだ。


「上手くいったかな?」

「多分な」


 ノアがまだしゃがみ込んだままの千紘の肩越しに、倒れた二人を眺める。

 千紘も一緒になって少し様子を窺うが、二人とも頭を打ったらしく、運良くというべきか気絶しているようだった。


 頭を打ったのは心配だが、律に治癒魔法を使わせるわけにもいかない。また起きられても困るのである。

 こればかりは今の千紘たちには何もしてやれないので、酷い怪我でないことを祈るばかりだ。


「この二人は幹部みたいだけど、結局のところはただの信者だろうからな」


 あまり大きな怪我はさせたくないし、と呟き、千紘が立ち上がる。

 だが、長剣をまた腰に戻そうとしたところであることに気づき、はっと顔を上げると、後ろの四人を振り返った。


「これさ、騙したままで黒幕のところまで案内させとけばよかったんじゃないのか?」

「確かにそれもそうねぇ」


 千紘の言葉に、香介も今思い出したと言わんばかりに、両手を胸の前で合わせる。


「でももう倒しちゃいましたしね」

「オレも気づかなくて悪い」


 困った様子の律と申し訳なさそうなノアも、ようやく気づいたようだ。


「うん、終わっちゃったものは仕方ないし、このまま進むしかないよな!」


 どうやら秋斗も同じらしいが、いつも通りの明るさは変わらない。


「そうだな。これはもう仕方ないか」


 この前向きさは学ぶところがあるのかもしれない、などとぼんやり考えながら、千紘は真面目な表情で頷いた。


 全員が気づかなかったのは、少々間が抜けていると思わなくもない。

 しかし、すでにやってしまったものは仕方がないとそれぞれ納得することにして、五人は迷いなくそのまま先に進むことにしたのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る