第61話 呼ばれる名
何とかして三つめの核を探そうとする千紘と律だが、ダイオウイカが大きい上に激しく動いているせいで、なかなか近寄ることができないでいた。
当然、ダイオウイカの攻撃が止むことはほとんどない。
それをかわしながら近づいて、さらに核の場所を探そうというのだから、一苦労どころの話ではなかったのだ。
「律! 見つかったか!?」
「まだです!」
千紘がダイオウイカの攻撃を横に
「くそっ、もっと近くまで行けば見えるかもしれないのに……!」
悔しそうに
上から叩き潰そうと落下してくる
攻撃を避けるので精一杯で、近寄るどころか、こちらから攻撃することもなかなか叶わない状況だった。
(このままだと、ちょっとまずいかもしれないな……)
少しずつではあるが、千紘の中に焦りが生まれてくる。
先ほどダイオウイカから受けた攻撃のダメージが蓄積し、今になって足を引っ張り始めていた。
(体力の消耗が激しい……っ!)
千紘は息を切らせながら、ちらりと律の様子を
律も紙一重で攻撃をかわし続けているようだが、遠目からでもその表情には疲れが見て取れた。
律は千紘や秋斗よりも小柄なため、どうしても体力的にやや劣ってしまう。
だが、今はそんな律よりも、先ほどダイオウイカの一撃を受けた千紘の方が、体力の消耗が激しかった。
(さっきの攻撃をまともに食らってなければ……。いや、あの時はあれが最善だったはずだ)
首を左右に振った千紘が、奥歯を噛み締める。
先ほどの判断については、後悔などしていない。それこそ背後から触腕が直撃していたら、今頃自分は戦闘不能になっていただろう。生きていたかどうかもわからない。
ただ、自分がもっと上手く攻撃を
(早く核を探さないと……!)
千紘の顔に張り付いた焦りの色が、さらに濃くなった。
その時である。
千紘が
横から
「――律っ!」
間一髪で駆けつけた千紘が、攻撃から庇うように律の身体を突き飛ばした。
直後、瞬く間もなく触腕に薙ぎ払われた千紘の身体が、勢いよく宙を舞うように何十メートルも飛び、砂の地面に叩きつけられる。
「千紘さん……っ!」
その様に、砂浜に倒れ込んでいた律が悲鳴じみた声を漏らした。
律は急いで立ち上がり、千紘の方へと駆け寄ろうとする。しかし、その目の前には、行く手を阻む太い触腕があった。
「――千紘さん、千紘さんっ!」
律が遠くから必死に名前を呼ぶが、聞こえているのかいないのか、千紘は一切の反応を返さない。
ダイオウイカが邪魔をするように攻撃してくるせいで、律は千紘に近寄ることすらできず、ただその場で足止めを食らったまま、防戦するのが精一杯だった。
「千紘!」
律の代わりというわけではないが、秋斗がすぐさま千紘の元に駆けつけ、状況を確認する。
身体の半分近くが砂に埋もれている千紘は、目を閉じたまま、動かない。
胸と腹は上下しているから、かろうじて生きてはいるらしい。どうやら気を失っているようだった。
「……千紘! 起きろ、千紘! 千紘っ!」
秋斗が叫ぶように何度も何度も、千紘の名を呼ぶ。
それからどれだけ呼んだだろうか、ようやく千紘がゆっくり
「……あ、俺……。秋斗……?」
千紘はまだ少々ぼんやりしながらも秋斗の姿を認め、ぽつりとその名を零す。
心配そうに千紘の顔を覗き込んでいた秋斗の表情が、ほんのわずかに柔らかくなった。
「千紘、大丈夫か?」
「ああ、だいじょう……っ!」
秋斗に優しい声音で訊かれ、千紘は小さく身じろぎしたが、途端に顔を歪ませてしまう。
「全然大丈夫じゃないだろ! どこやられた!?」
そんな千紘に、秋斗は一瞬で険しい顔つきになり、声も大きくなった。
千紘はゆっくり上半身を起こそうとして、さらに
「……っ、ああ……左腕をちょっとやられただけだ。骨折まではしてないと思う」
打撲だろうから平気だ、と千紘はそう言いながらも、引きつった笑みを秋斗に返すことしかできなかった。
目の前の秋斗に心配をかけまいと、気丈に振る舞おうとするが、腕の痛みが酷く、どうにも上手くいかない。
それでもどうにか上半身を起こした千紘の額には脂汗が浮かび、こげ茶色の前髪と一緒になって細かい砂も大量に張り付いていた。千紘がそれを右腕で雑に
その様子を見た秋斗が、悲痛な面持ちで千紘に詰め寄った。
「だったら、りっちゃんに治癒魔法を……っ!」
「……いや、いい」
千紘が目を閉じて、首を横に振りながら、きっぱりと拒絶する。
「でも!」
「今はそんな余裕ないだろ」
秋斗がなおも食い下がると、千紘は唸るような低い声で呟き、今まさにやり合っている最中の律とダイオウイカを交互に見やった。
秋斗もその視線を追うように律たちを見て、それから静かにうつむく。
「そう……だな」
千紘に
「だろ?」
「でも、後でちゃんと治してもらえよ」
仕方ない、と言いたげに細く紡がれた秋斗の声に、
「わかってる」
千紘は微苦笑を浮かべながら、そう答える。
そして、ダメージの残る身体をさらに無理やり起こし、立ち上がった。
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