第43話 現れた魔物

「……まあこんな雰囲気の場所じゃ、魔物に『住んでください』って言ってるようなもんだよな」


 四階に下りてきて早々、千紘はやれやれと大げさに肩をすくめてみせる。


 三人の前には、スライムのような塊が五体。


 バスケットボールをいくつか集めてこねくり回したような、あまり大きくないそれは、見た目は丸く、透き通ったピンク色をしていた。見た目だけなら可愛らしく見えないこともない。

 そのぷよぷよとした弾力のある身体には目も口もなく、知能が低そうなのはすぐに見て取れた。


「ホントにこの大陸に魔物がいるのか」

「ルークスの加護が弱まってるって話は、ただの噂じゃなかったってことですかね?」


 秋斗と律もそれぞれの感想を口にする。

 スライムの見た目のおかげか、千紘たち三人に怖がっている様子はない。


 しかし、


「下への階段は……また一番奥か」


 スライムの集団を無視して目の上に手をかざし、のんびり千紘が言った時だ。

 集団はようやく人間の気配に気づいたらしく、千紘たちの方へと体当たりしてきた。


「おっと」


 当然のように、三人はそれを難なくかわすが、


「これ、多分当たってもほとんど痛くなさそうですよね」


 律はそう言って、くすりと小さく微笑んだ。


「可愛いから倒すのもちょっとかわいそうだよなぁ」

「でも退治しておかないとリリアに怒られるからな。秋斗もわかってるだろ?」

「絶対怒られますよね」


 すでに律もリリアの本性を理解しているようである。これなら、後でわざわざ丁寧に説明する手間が省けてありがたい。


 秋斗の言うこともわからないでもないが、たとえ可愛らしいスライムであっても人間に危害を加えるようであれば倒すしかない。


 今の千紘たちはリリアや村長の脅迫、もとい頼みで動いているので、きちんと『魔物を退治する』という目的は果たさなければならないのである。


(俺だって放置していきたいけどさ。でもそれやると後が大変なのは目に見えてるんだよ……)


 うっかり先の展開を考えてしまった千紘が、がっくりと肩を落としながら、大きな溜息をついた。

 

 ここでスライムを放置していくと、リリアがそれを知ることになった時にこっぴどく叱られ、地球に帰してもらえない可能性が高くなる。

 もし三人が地球に帰った後にリリアが知った場合、怒るためにわざわざこちらに呼び戻すことだってしかねないから、怖いとしか言いようがない。


 最悪、アンシュタートに再召喚され、魔物退治が完全に終わるまで帰してもらえないことだってありえるのだ。

 それならば今倒した方がいいに決まっている。


「まあこれならどうにかなるだろうし、とりあえず斬ってみる、か!」


 言い終わるやいなや、千紘が手にした長剣を手近にいたスライムに向けて、軽く振り下ろす。

 大した手ごたえもなく、あっさりスライムは斬れた。


「お、ちゃんと斬れた」


 手ごたえがないのは少ししっくりこない気もするが、それはスライムだから仕方ないのだろう。


 千紘がそう思った時だ。


「千紘! まだ倒せてない!」


 秋斗がすぐ後ろで、少し焦ったような声を上げた。

 その声に導かれるようにして、千紘はすぐさま斬ったはずのスライムを見下ろす。


 斬り落とした端の部分は床に落ちて、ピンク色の、少し立体感がある水溜まりのようになっていた。


 しかし、残った大きな方――本体は特に苦しんでいる様子もなく、先ほどまでと変わらずプルプルと元気にしている。


「あれ、ただ斬るだけじゃダメなのか?」


 千紘は首を傾げながらも、また同じスライムを斬ってみることにするが、結果は同じだった。相変わらずプルプルしているだけである。


「やっぱりダメですね……」

「ずっとこれじゃらちが明かないし、どうしたもんかな……」


 隣にいる律の残念そうな声に、千紘が考え込む素振りをみせる。


 スライムたちは当然そんな千紘たちに構うことなく体当たりしてくるが、三人はそれぞれそれらを軽くかわしていた。


 だが、かわすのは容易たやすいが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。どうにかして倒す方法を考えないといけないのだ。


 しばらくかわし続けていると、秋斗が何かに気づいたのか、千紘に声を掛けてきた。


「透き通ったスライムの中にさ、何か丸いやつあるだろ? あれ核じゃないかな?」

「丸いやつ?」


 秋斗の言葉に首を傾げながらも、千紘はスライムに目を凝らしてみる。

 確かに、小さいうえに同系色のため少し見えにくいが、スライムの体内に丸いものがあるのがわかった。


「ああ、あれか」

「多分あれが心臓みたいなものなんじゃないかな。だからあれを攻撃してみるのはどうだろう?」

「なるほどな。でもそんなわざわざ手間のかかることしなくても、秋斗の水魔法でここのスライムを全部下の階に押し流すのはどうだ? その方が楽だろ」


 千紘がそう言いながら、秋斗の方に顔を向けると、


「それも考えたんだけどさ。でも、それだともし下の階にも魔物がいたら一回で戦う魔物の数が増えるだけだろ? 下がどうなってるかわからない以上、ここは確実に倒していった方がいいと思うんだよ」


 普段の秋斗からは想像もできないような、真面目な返事が返ってきた。


 それを聞いて、千紘は前回ラオムと戦った時のことを思い出す。千紘が秋斗との連携でどうにかラオムを倒した時である。


(あの時も珍しく真面目な秋斗だったな。いつもはふざけてるように見えるけど、撮影の時とかは本当に真剣だからな)


 撮影時の秋斗の集中力や真剣さは同じ俳優として見習うところがあると、千紘はいつも思っている。その点に関しては少なからず尊敬しているのだ。


 どうやら今は真面目モードの秋斗らしい。であれば、今はその分析結果を取り入れておくべきだろう。


(魔法使いだからか、やっぱり戦闘での分析力は秋斗の方が高いんだよな。ちょっと悔しいけどさ)


 そう認めた千紘は、素直に頷くことにする。


「まあそれもそうか。めんどくさいけど、なら仕方ないな」

「手間かかって悪いけど、千紘ならこれくらいじゃ疲れないだろ」

「当たり前だ」


 千紘の言葉に満足したらしく、秋斗の唇が弧を描く。つられるようにして千紘も口元を緩めた。


「これできっと倒せますね!」


 そのやり取りを視界の端で捉えていた律の表情にも、余裕の笑みが生まれる。


「ああ、任せとけ!」


 千紘は自身の胸を叩きながらそう言うと、改めてスライムたちに向き直ったのである。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る