第40話 常識人の律

 入った場所は開けた空間だった。広間と呼んでもいいかもしれない。


 辺りを見回すまでもなく、三人はすぐに窓がないことに気づいた。

 明かりはあるが、これは外から入ってくるものではなく、壁に取り付けられたいくつものランタンのものである。


「これじゃ洞窟とほとんど変わんねーな」


 窓が存在していない塔に向けて、千紘が呆れたように文句を言う。前回ターパイトを採りに行った洞窟のことを、つい思い出してしまったのだ。


 あの洞窟はヒカリゴケのようなものが生えていたくらいで、もちろん窓なんてあるはずもなくジメジメとした空間だった。

 それとは少し環境が違うが、千紘には似たようなものに思えたのである。


「窓があれば飛び降りて、もっと早く先に進めたかもしれないのになぁ」


 秋斗は冷たい岩の壁を興味深そうにペタペタと触っていた。


「それはさすがにスターレンジャーの格好でも怪我じゃ済まないと思うし、そうすると塔の魔物退治ができなくなるだろ」


 そう言ってさとす千紘に、


「それもそうか」


 確かにそうだったな、と秋斗が明るく笑うと、今度は律が不思議そうに首を捻る。


「スターレンジャーの格好がこの世界と何か関係あるんですか?」

「ああ、そういえばりっちゃんにはまだ話してなかったよな! この世界では本当にスターレンジャーに変身できるし、しかも変身するといつもより力が出るんだよ!」

「それホントですか!? すごいですね!」


 秋斗が両手を大きく広げながら力説すると、質問した律は途端に瞳を輝かせた。


 そんな楽しげな二人とは対照的に、千紘はといえば前回の不本意な必殺技を思い出す。


(そんなこともあったっけな……。もう思い出したくもないんだけど……)


 千紘が思わず頭を抱えそうになっていると、これまで楽しそうにしていた律は何かしら引っかかることがあったのか、わずかに表情を曇らせた。


「でも、もしかしたら僕は変身しようとしてもできないかもしれないですよね? 絶対できるって保証があるわけでもないですし……」

「大丈夫だよ! 絶対できるって! 何なら今変身してみてもいいし!」


 しょんぼりしてしまった律を励まそうと、秋斗が両手の拳をぐっと強く握る。そのまま一気に律に詰め寄った。


 秋斗の勢いに気圧けおされた律は、やや上体をのけ反らせながら、


「い、いえ、今は変身しなくて大丈夫です!」


 と、慌てながらも一生懸命になって断る。


(まあ、普通に今一人で変身するのは恥ずかしいよな……)


 全員でならまだしも、とすぐに律の心中を察した千紘が二人に背を向け、こっそり苦笑を漏らした。


 すごいと思う反面、実際に自分が変身するのは恥ずかしいと考えてしまうのは、きっと仕方ないことのはずだ。むしろ千紘はそれが普通だと思っている。


 千紘が前回変身したのは、生きるか死ぬかの状況であくまでも仕方なかったからであって、そうでなければ決して自ら進んで変身したいなどとは思わない。


 そもそも、昔から戦隊ヒーロードラマに出たいと憧れていて、ドラマ以外でも変身したいと思う秋斗がちょっと特殊なだけなのである。

 現実の世界であの姿になりたいと思う大人は、おそらくそれほど多くないだろう。もちろん高校生もしかりだ。


「そうか?」


 残念そうな表情で秋斗が渋々引き下がると、律は必死に何度も頷く。


(律がまともそうでよかった……!)


 秋斗と律の一連のやり取りをハラハラしながら横目で眺めていた千紘は、思わず心の中で涙を流しそうになるのをぐっとこらえた。


 これで律までノリノリで変身していたら、もう自分一人の手には負えないだろう。

 そう考え、律が常識人でよかったと心底安心したのである。


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