第2話 千紘と秋斗の関係性

「絶対俺の方がブルー合ってると思うんだけどな……」


 ブツブツとひとちていると、少し後ろの方から聞き覚えのある大声が千紘めがけて勢いよくぶつかってきた。


「千紘! お疲れ!」


 何者かの腕ががしっと肩に回される。急に重たくなった肩に千紘は心底うんざりした様子で、今日何度目かの溜息を漏らした。


 深見ふかみ秋斗あきと、ブルー役の青年だ。


 千紘は秋斗に対して、一方的に苦手意識を持っていた。

 自分が狙っていたブルー役を取られたこともそうだが、何よりもその性格が苦手なのだ。


 見た目はイケメン俳優として売っているように、当然悪くない。身長だって長身の千紘よりも少し低いくらいで、男性として決して小柄というわけでもない。


 ただ、性格については良く言えば明るいが、悪く言えばうるさい、の一言に尽きる。どちらかと言えばおとなしく、他人とつるむことをあまり好まない千紘とは正反対だった。


 またスターレッドの性格設定と同じく熱血で、何でも顔を突っ込みたがるのが困ったものだ。そのおかげで知り合って数ヶ月、何度面倒ごとに巻き込まれたことか。


『せっかく仲間になったんだから親睦を深めないと!』


 と、半ば無理やり連れて行かれたカラオケで、これまた無理やりにスターレンジャーの主題歌を歌わされたことがあった。歌は得意な方だからそれは百歩譲っていいとしても、選曲のセンスに愕然とした。

 それでも結局は最後まできちんと歌い切り、喝采かっさいを浴びることになったのは色々な意味でいい思い出なのかもしれない、と千紘は今でもそう思うようにしている。


 また別の日にあった飲み会では、帰り道で酔っ払いの喧嘩の仲裁に入った秋斗のフォローをしたこともある。秋斗が喧嘩を止めようと入ったところまではよかったのだが、逆に殴られそうになったのだ。それを助ける方の身にもなって欲しい。


 秋斗と一緒にいると、全くもって面倒ごとには事欠かない。


 基本的に色々なものを『めんどくさい』で片づけてしまう千紘にとって、秋斗の存在自体が『めんどくさい』そのものだったのだ。


 秋斗は性格の通り、迷うことなくレッド役でオーディションを受けていたそうだが、こちらもなぜかブルー役になってしまったという経緯がある。


 だが、秋斗は念願だった戦隊ヒーローもののドラマに出られるのが相当嬉しかったらしく、役にはあまりこだわっていないようだった。


 役者としての秋斗は、どんな役でもそつなくこなせる、一言で言ってしまえば天才肌だ。そこに関しては、まだまだ駆け出しの千紘にとってはとても羨ましく、また唯一尊敬できるところでもあった。


 もちろん、悪い人間ではないことはわかっている。むしろ千紘以外から見れば良い人間なのだろうと思う。


 それでも千紘の中では、やはり秋斗は『めんどくさいやつ』というレッテルを貼られている。良いところと悪いところを比べると、どうしても天秤が悪い方に傾いてしまうのだ。


「……ああ、お疲れ」


 秋斗の腕の重みで猫背になってしまった千紘が、疲れた声で一言だけ返すと、


「今日も随分とギャップがあるなぁ」


 秋斗はそう言って、屈託なく笑った。


(アンタも随分とギャップがあるよ……。てか、まためんどくさいのが来たし……)


 千紘はいまだになぜ自分がレッド役で、秋斗がブルー役になったのかさっぱり理解できない。

 役柄が逆だったらよかったのに、どこをどう見ても逆だろう、などと何度も思ったし、今でも時折考えるが、その辺りのことは番組を作っている偉い人たちや監督が決めたことだ、とすでにほぼ諦めの境地に達していた。むしろそうならざるを得なかったのである。


「秋斗さんが元気すぎるんだよ……」


 さらに疲れた声で言うと、秋斗はあからさまにむっとする。


「だからその『さん』っていうのやめろって」

「一応一つ年上だし、この業界でも先輩だから。それに敬語は使ってないから別にいいだろ」

「そんなこといいから! とにかく『さん』付けはやめてくれ。何かこう背中がぞわぞわってするんだよ!」

「……はいはい。わかったよ、秋斗」


 仕方なしに千紘が了承すると、


「それでよろしい!」


 うんうん、と満足そうに秋斗が何度も頷いた。


 そんな風に、周りから見れば仲良さげに二人で並んで歩きながら、控室のある大きな建物の中へと入る。今回の撮影で貸し切りになっているものだ。

 入ってすぐに長い階段があった。

 揃って上がりながら、千紘が愚痴ぐちる。


「この階段、無駄に長いよなぁ……」


 その言葉に秋斗はきょとんとして、首を傾げた。


「そんなに長いか? おれは全然気にならないけど」

「いや、絶対普通の階段より長いって。秋斗はいつも元気だから気にならないだけで」


 言いながら、千紘が次の段に足を掛けようとした時だった。


「う、わっ……!」


 うっかり足を掛け損ねて、体勢が崩れる。


「千紘!」


 落ちる、と思った瞬間、何段か先に行っていた秋斗が手を差し出すのがスローモーションで瞳に映った。反射的に千紘も手を伸ばして、しっかりと掴み合う。


 しかしほっとしたのも束の間、


「うわぁぁぁあ!」


 人間である以上重力には勝てず、大きな音を立てて一緒に階段から転げ落ちる。

 そして、そのまま二人は意識を手放したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る