戦隊ヒーローレッドは異世界でも戦うのがめんどくさい~でも召喚されたものは仕方ないのでしぶしぶ戦うことにしました~

市瀬瑛理

第一章 赤と青

第1話 『星空戦隊スターレンジャー』

「スター・バースト・スラーッシュ!!」


 空の青をもまっすぐに突き抜けるような力強い声が辺りに響き、同時に振り下ろされた長剣が黒ずくめの怪人の身体を大きく切り裂いた。


 断末魔だんまつまの叫びと共に、裂かれた部分から黒い霧が噴き出す。

 直後、大爆発が起こった。


「正義は! 絶対に! 負けない!!」


 爆風を背にして、赤い全身スーツを身にまとい、同じく赤いマスクを着けた人物が先ほどの長剣を高く掲げ、雄叫びを上げる。


 そのまま数秒。


「はい、カーット!」


 今度は別の声がメガホンを通して響き渡った。中年の男性監督だった。


 途端に、その場を見守っていた現場のスタッフ全員が大きく息を吐き、緊迫していた空気が一気に解かれる。場の雰囲気ががらりと変わった。


「……ふぅ」


 これまでとは一変した賑やかな雰囲気の中、全身真っ赤な姿の人物ことスターレッドは被っていたマスクを取った。

 青年の端正な顔が現れる。汗で額に張り付いてしまったこげ茶色の髪の毛をはがすように頭を数回振ると、今度は慣れた仕草で手袋を脱いだ。


 名前は相馬そうま千紘ちひろ。まだまだ若手の俳優である。


 ここは、現在子供たちに大人気の戦隊ヒーロードラマ『星空戦隊ほしぞらせんたいスターレンジャー』の撮影現場だった。


 スターレンジャーとはスターレッド、スターブルー、スターイエロー、スターグリーン、スターブラックの男性五人で結成された、地球の平和を脅かす悪の組織と戦う正義のヒーローだ。

 千紘はこのドラマの主役であるスターレッドを務めている。


 マスクと手袋を手に、自分は楽しげな空気を無視してさっさと控室に戻ろうと少し歩を進めたところで、正面から監督がやって来たのが見えてその足を止めた。 


「千紘くん、お疲れ! さすがに十話もやるとレッドの熱血な感じが板についてきたねー」

「そうですか? ありがとうございます」


 監督の褒め言葉に、千紘はほんの一瞬困ったような表情を見せたが、すぐにそれを戻しにこやかな笑顔を浮かべる。

 千紘の一瞬だけ見せた表情には気づかなかったらしい監督は目を細め、さらに続けた。


「やっぱり千紘くんをレッドに抜擢ばってきして大正解だったよ。次もよろしく頼むね」

「はい、そう言ってもらえると嬉しいです。じゃあ、俺はお先に失礼します。お疲れ様でした」


 千紘が丁寧に頭を下げ、監督に背を向ける。そのままその場から離れた。


 まだ額に張り付いたままだった前髪を何気なく指先でいじりながら、賑やかな現場を避けるようにして歩く。心の中では小さく嘆息していた。


(……なぜこんなに叫ばないといけないのか……。そろそろ声も枯れそうだし、しかも何で毎回必ず爆発と決め台詞がセットなんだよ……余計に大声出さなきゃなんないだろ)


 でもプロとしてちゃんと最後まで演じ切るけどさ、そう心の中でぼやく。無意識に握りしめた手の中で、マスクと手袋がぎゅっと小さくなった。


 千紘は今から約二年前、大学一年の時にスカウトされて芸能界に入り、俳優デビューした。

 芸能界入りというと普通は少しくらい悩むものかもしれないが、千紘の場合は悩む間もなく即答で芸能界入りを決めた。


 当時はもうすぐ大学二年になろうかという頃で、あと一年もすれば就職活動が待っていた。

 しかし千紘は、『就職活動とかめんどくせーな』などと大学生らしからぬことを考えていたので、『これで就職活動しなくていいから楽だ』と、これ幸いとばかりにその美味しい話に乗っかったのである。


 デビュー後はポツポツといくつかのドラマに脇役として出演し、ゆっくりではあるが真面目に経験を積んできた。

 最初こそ適当な気持ちで入った芸能界ではあったが、今では役者という職業が自分に合っているのだと思っている。


 そして、今回ようやくオーディションで主役を掴み取ったのだが、それは千紘にとって少し、いやかなり不本意なものだった。


(確かにブルー役でオーディション受けたはずだったんだけどな……。どこがどうしてこうなった……)


 今度は心の中ではなく、実際に盛大な溜息をつく。


 オーディションでは、クールな役どころであまり台詞もないだろうというやや不純な動機でブルー役を受けていた。


 特に主役を演じたいわけではなかったし、まだそんな器ではないと考えていたところももちろんあった。

 もしブルー役で受かったのだとしても、これまで脇役でしかなかった自分がメインキャラの一人になれるのであれば、それだけでも大出世だと思っていたのである。


 だが、そんな千紘を待っていたのは、なぜかレッドでの合格というものだった。


 主役に抜擢ばってきされたことは純粋に嬉しかった。ただ、その役どころ、つまりレッド役の性格設定に問題があったのだ。

『レッド』=『熱血』という図式である。


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