いらだち

ま行

第1話

 恋した経験も愛した気持ちも秘めた思いも、過去になれば得てして美化されてしまうものだ、本当は恥ずかしい思いをして忘れたいほど傷つき、口にするのも憚れるのが恋の記憶だ。

 それでも人は恋することをやめることができない、本能だとか生き物だとかそんな陳腐な理由じゃなく人は恋することがやめられない、どんなに傷だらけになろうとも。


「好きです」

 伝えたのは四度目、断られたのも四度目、伝える度に見せられる困り顔に伝えてはならなかったと後悔するのも四度目。

 断られはぐらかされ、それでもなお友好的な彼女にか細い炎は懲りずにまた盛ってしまった。

「ごめんね、でも仲良くしてね」

 そんな言葉に僕はまた浮かれてしまう、心許ない切れそうでも線が繋がっていると期待してしまう。

 告白の度々どうすれば少しでも近づけるだろうか、足りない頭で考えて、彼女の好きな事を聞いた、僕はそれを好きになってしがみついた。

 どんな話題が笑顔を誘うのか言葉をかき集める、少しでも彼女の琴線に触れる事ができたら嬉しかった。

 話しかければ笑いあえて、好きなことで盛り上がれて、それでもその人の隣はどこまでも遠かった。

「実は好きな人がいるの、叶わないけど好きなの」

 それを聞いたのは四度目の告白の後だった。

 気持ちが遠く離れている理由を今更に知ってしまう、何故なのか誰なのか聞けども満足な答えは無かった。

 それでも必死にみっともなく彼女の思い人について聞く、僕は足りないものだらけで見た目だって悪いけど、そいつに思いが負けてるとは思えない、知りたい彼女の心を掴むそいつが誰なのか。

「ごめんなさい、この思いだけは教えられない」

 そう話す彼女の顔は今まで見たことが無い表情だった。

 その瞬間僕は彼女の心に一度も踏み込めていなかったと知る、思い付く限り言葉を伝えても、出来る限りのコミュニケーションを取ってみても、僕は彼女に好意を伝える事に必死なだけで、彼女に思い人がいる事にも気がつかなかったのだ。

 彼女を知る努力も出来ていない事にやっと気がついて、僕はついに彼女から離れた、心は痛かったし涙は流れて止められなかったけど、終わってみれば説明のつかない清涼感が心に残っていた、僕は恋をしていた。


 苦い思い出だ、綺麗に飾り付けていても自分の身勝手さという苛立ちを消すことはできない。

 でもその時必死に恋をしたこと、伝え方を間違えたけど彼女に夢中になったことはそんなに悪くなかったと今は思う、美化された思い出でも恋は間違いなく綺麗だった。

 いつかまた恋をするだろう、躊躇うように足は縺れるかも知れないけど、恋することの甘美さに人は抗うことは出来ないのだから。

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いらだち ま行 @momoch55

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