お金を無限に生み出す夢の能力、戦闘には使えなくね?
日向 首席
第1話 最悪の日と運命なパン
———鳥が鳴いている。チュンチュン、チュンチュン、という、朝を象徴するような、あまりにもおあつらえ向きの鳴き声だ。うちのアパートの、俺の部屋のベランダの隅にある巣。そこからそれを発しているスズメは、きっと毎朝そうしているのだろう。
その声は、慌ただしい新社会人として朝を生きている俺の耳には、雑音としてすら聞こえることのない声。ただ、今日はその声を、今こうして朝の情緒を噛み締めながら聞いている。何故なら…………。
「ん~っ!!!」
俺は、大きく伸びをした。今の時間は、八時十七分。出勤時間は九時十五分。普段起きる時間は九時前。これら三つの時刻から導き出される結論はただ一つ。……そう。俺は、今日早起きをしたのだ。
目が覚めた時、枕元の時計はほぼ八時ジャストを指していた。朝に弱い俺からは考えられないほど早い時間だ。
そして、俺は二度寝するのではなく布団を跳ね除け、せっかくなので優雅な朝を送ることにした。既に食パンを焼いて、大好きな蜂蜜も塗って、コーヒーを入れている。俺は、ひと口だけコーヒーを啜ってから、片手にコーヒー、もう片方に食パンを持ってリビングへ行き、机に置くと、ベランダへ出る窓の近くに立って朝日を浴びた。
……なんて優雅な朝だ。理想の社会人の朝だ。
「それにしても、今日はなんだか目覚めがいいな。まるで、九時間たっぷりと寝た朝みたいだ」
本当は四時間しか寝てないんだけどな、と思いながら、リビングの時計に目をやる。八時三十二分。まだまだ余裕だ。
俺は、いつものスーツ姿に着替えてからリビングの座椅子に座る。荷物も横に置いて、準備は万端。心置きなくくつろげるというわけだ。コーヒーを啜りながらあてもなくテレビを付け、ポチポチとチャンネルを変える。
「う~ん…………。何か……そうだ、お目覚めテレビがあったっけな」
お目覚めテレビ。懐かしい。まだ小学生だった時、よく見ていた番組だ。七時半から十時の時間にやっていて、番組の最後に占いがあるのだ。当時はそれが見たくて、でも学校があるから見られなくて、悔しい思いをしたものだ。
「…………三位は、やぎ座のあなた!!明日が日曜日になるかも!」
「———あれ?」
しかしテレビをつけると、まさにその占いをやっていた。
「おっかしいな……」
時計を再び見ると、確かに八時三十二分を指している。
「だよなあ……。時間帯が変わったのかな?」
……まあいっか。むしろ嬉しい。俺は獅子座だが、果たして何位だろうか……。
「———ゴメンなさい、十二位は獅子座のあなたです!」
「マジか……よりによって最下位かよ」
「特に、蜂蜜が塗られた食パンを片手に、もう片方にコーヒーを持った、既に出勤の準備を済ませたスーツ姿の一人暮らし新社会人のあなた!人生最悪の日になるでしょう……」
と、アナウンサーのお姉さんが申し訳無さそうに—————
「…………俺じゃん」
いや待て、ピンポイント過ぎるだろ。俺以外に当てはまるやついんのこれ?
普段占いはあんまり信じない方だが、ここまでピンポイントだと流石に…………つーか怖いわ。色んな意味で。
「ラッキーアイテムは、コロッケパン!最悪の出会いが最高の出会いに変わるかも!?」
「……コロッケパン?」
コロッケパンって言うと、コロッケをパンで挟んだやつか?……まあ、そりゃそうだよな。他に無いよな。あれがラッキーアイテムなのか……?
「それでは、今日のお目覚めテレビはここまで!いってらっしゃーい!」
「……え?」
番組終了の挨拶に戸惑う俺をよそに、番組が切り替わる。
「時刻は十時となりました。朝のニュースをお伝えします」
「…………は?」
ちょ…………っと待てよ。十時?なんで?だってあの時計は、確かに……。
「うん、八時三十二分だよな。……うん?八時三十二分……?もしかしてこの時計……」
「……と、止まってる…………」
———俺は、いつもの道を自転車で爆走する。
「クッソ!!枕元の時計もリビングの時計も、ちょうど良い感じのタイミングで止まってたって事かよ!?早速あの占い通りってか!?」
そんな事ってあるのか……!?クソ、遅刻は確定……!!でも、この下り坂を下れば会社はすぐそこだ。普段はブレーキをかけながら下る急な坂だが、今は非常事態。このままぶっ飛ばして行こう。
……っと、下った先に右折待ちの車がいるか。流石にブレーキを…………
「———あれっ?……あれっ?」
……ブレーキが利かない。
「うおおおお!?!?ちょ、ちょっと待て!」
俺の悲痛な叫びも虚しく、自転車の速度は全く落ちようともしない。やばい、これはやばい!めっちゃやばい!!
「ッ!!!ぶつかる!!」
ドン!!!
「———いってて…………」
とっさに自転車から無理やり降りた俺は、地面を転がって腕と足を擦りむいた。が、不幸中の幸いと言うべきか、大事には至っていないようだ。
「危ないなあ、兄ちゃん……」
そう、本当に危なかっ…………ん?
「これ、どう責任とってくれるつもりかい?」
俺の目の前には、サングラスをかけたスキンヘッドのイカついおじさんが高級車についた傷を指差しながら立っていた。
「あ…………」
「なあ、これ、兄ちゃんが付けた傷だよなあ?この車よ。実は結構高いんだよな。あーあ、こんなに派手に傷ついちまって……。本当に、どうするつもりだ?オイ。何とか言えや」
「す、すいません!!弁償します!必ず!!」
俺は、渾身の土下座をしながら必死に言う。背中からじんわりと汗が滲み出て来るのが分かる。
「弁償、ねえ。兄ちゃん、とりあえず顔上げな。んっ」
そのイカついおじさんは、何も言わずに右手を差し伸べてくる。
「え……?」
「五百万。それで勘弁してやるよ」
「ご、五百万……!?そんな金……!」
払えるわけない。そう言おうとして、おじさんのニヤリとした表情を見て思わず口をつぐむ。……なんだか嫌な予感しかしない。
「ま、そうだよな。とてもじゃないが払える額じゃないよなあ……」
そこでだ、と俺の肩に手を回してくる。
「俺、こう見えても金を貸す仕事しててよ。兄ちゃん、金ないならウチのとこで貸すぜ?もちろんちょっとばかし利子は払ってもらうけどな」
は……!?なにがこう見えてもだよ。ファーストインプレッション直通だろ。しかも利子って……絶対法外なやつだよな…………。
「どうなんだ?どうすんだ?」
おじさんが急かしてくるが……絶対に借りちゃだめなやつだよな。
「い、いえ、大丈夫です!払うつてはあるので!!今ちょっと仕事に行かなきゃいけないので、後でもいいっすか?」
焦りを必死に隠して言うと、おじさんは少し残念そうな顔になる。
「なんだ……。じゃあこれ、俺の電話番号。逃げたら分かってるよな?」
「は、はい!もちろんです!」
そんな会話を少しして、傷ついた高級車に乗ってどこかへ行った。
「———はあ。怖かった……!つーかマジかよ。つてなんてあるわけねえし……!親に借りるわけにもいかねえし……どうすりゃいいんだよ?」
絶望的だろ。つーか、人生終わったろ。なんだよもう……!!なんで俺がこんな目に……………はあ。あの占い、マジだったんだな。今日は人生最悪の日だ。でもここまでとは……。
「どうすりゃいいんだよ……。自転車も壊れちまったし。とりあえず行くか……はあ……」
———職場への道中。
コンビニを見つけた俺は、ラッキーアイテムの事を思い出して藁にもすがる思いでコロッケパンを買った。買ったコロッケパンを眺めながら、職場への道を歩く。
「これって、食った方がいいのか……?それとも今日一日中肌身離さず持っとく方がいいのか……一体どっちが—————っ!?!?」
「カアッ!!!カアアッ!!!」
「カ、カラス!?クソッ、コイツ俺のコロッケパンを!!コラ!!てめえ離せボケ!人間様を舐めんなコラ、人間様を舐めてるとぶん殴るぞ!なあ!お、おい、この……!」
「カアアア!!カッ、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
「ひっ!?」
……野生のパワーに押された俺は、ついパンを持つ手の力を緩めてしまった。
「しまっ……!?やばい、取られる……!」
プッッッ!!!
その瞬間、どこからか車の甲高いクラクションが鳴った。
「カッ!?」
「!!……逃げた……。しかし、またしても不幸にあったな……」
でも、取られなかっただけマシか……?ラッキーアイテムの効果があった……のか?
———そうこうしているうちに、俺は職場へと辿り着いた。だが、俺の心は憂鬱でいっぱいだった。
「上司にどう言い訳すりゃいいんだ……?いや、言い訳も何も実際ただの寝坊なんだが……正直に言うしかないか。はあ……」
重い足取りで社内を歩き、ひとまず自分のデスクへ向かう。
「あー、ランドゥさんね……!確かにイケメンだよね~!」
「ねー!!私、昨日代わりに荷物運んでもらっちゃった!その時に手と手が触れて……!」
「いいな~!!」
同期の女子社員とすれ違う際に、そんな会話が聞こえてきた。
いいな、イケメンは手が触れただけで褒められて。俺なんかそういう経験は一度も……
「あっ、でもさ、今すれ違ったルキィ君も意外とイケメンじゃない?」
「言われてみれば…………。ちょっとまだ子供っぽいかもだけど、そこが逆に、的な!?」
「そう!そうなの!!」
—————なに???
俺とすれ違ってすぐにされたその会話を、俺は聞き逃さなかった。なんだ今の……もしかしてワンチャンあるのか?これまでの人生で一度も彼女が出来なかった俺が、ワンチャンあるのか?
ラッキーアイテムのコロッケパン、こんなにも効果が—————
「やめとけやめとけ!あいつは付き合いが悪いんだ」
「わっ、ランドゥさん!?」
「『ルキィ・ルークセラ』18歳、彼女無し。仕事はまじめでそつなくこなすが今ひとつ情熱の無い男…………。今までの人生ろくに女性と話したことがない、したがって彼女もいた事がない。男子とは話せるが女子とはいまいち話せないタイプ…………」
「へえ~……」
「まあ顔は悪くないけど……。ちなみに好きな食べ物は寿司、よく着るズボンはジーンズ、趣味はゲームと深夜アニメを少々見るだけ……早い話が、パッとしない男さ」
「へ、へえ…………よく知ってますね……」
「そっかあ……。結構アリかと思ってたんだけどなあ……」
なっ!?ふざけんなよあいつ、せっかくのチャンスを!否定しにいくか?……いや、それだと盗み聞きしてたみたいでダメか……?
……いや、つーかなんであいつは俺の事あんなに知ってんだよ。あれはもはやストーカーの———
ブーーーッ!!!ブーーーッ!!!
「————え?」
その瞬間、俺の……いや、辺りにいた社員全員の携帯が一斉に激しく鳴り出した。
「なんだ……?」
「え、なになに!?地震!?」
「勘弁してくれよ……今地震なんて……」
騒然とする社内で、俺を含めたその場の全員は慌てて携帯を確認する。
「…………は?隕石?」
その通知には、隕石が落下する地点が記載されていた。……そして、その場所は他でもない。ここだ。
俺はそれを見た瞬間、サアーッと血が引いていくのを感じた。そして、おそらくそれは他のみんなも同じだったのだろう。騒然としていた社内は、一瞬だけ水を打ったように静まり返った。だがその直後、社内はパニック状態になった。とにかくこの場から離れようとするみんなの、なりふり構わず逃げる足音や前を走る者を急かす怒号、恐怖のあまりの叫び声などで社内はいっぱいになった。さっきまで、ほんの一分前までいつも通りだった普通の日常が、一気に崩壊したような気がした。
やがて、社内には俺以外誰も居なくなった。もう、遅刻の事を報告するどころではない。報告する相手がどこにもいないのだ。
「…………」
社内に残っているのは、俺だけだ。みんなが逃げ惑う中、俺だけは微動だにしなかった。それは何故か。もちろん最初は、余りに突然の事で体が動かなかったからだ。でも、未だに動こうとしないのは…………
(おめーさん、逃げねえのか?他のお方々はみんな逃げちまってるぜ?)
「俺が逃げたら、そっちの方に隕石がいっちまうかもしれないだろ?俺、今日は死ぬほど運が悪いからさ。きっとあの隕石も、俺の不運が呼び寄せたんだ」
(ほ~ん……。自分は死んでも、他の奴らは巻き込みたくないってのか?)
「ま、そんなところかな。なんつーか……逆に冷静になった。俺、どうせ五百万の借金あるし。どうせ生きてても、この後地獄だし。いっそ死んだ方がいいって言うか…………ん?」
今俺、誰と話してたんだ?周りに人は…………いないよな。……?
「なんだ、先に精神の方がおかしくなっちまったのか?……まあいいか。そうだ、どうせなら、ドラマチックに死んでみたいな……」
—————俺は、少し考えた末会社の屋上にやって来た。迫り来る隕石を一瞬でも拝んで、アニメのワンシーンのような最期を迎えようと思ったのだ。
「あ…………来た……」
隕石は、確かにやってきた。俺の会社の屋上へ。……いや、おそらく俺の元へ。
だが、迫り来る隕石のスピードは思いのほかゆっくりだった。隕石って、もっと目には見えないくらい早く落ちてくるかと思っていたのだが。
「なんだ……?ずいぶん遅いな。……そう見えるだけか?実際こんなもんなのか?」
それでも、確かに隕石は俺の方へ近づいてくる。もう大体の大きさが分かるくらいの所まで来ている。あまり大きくはないが、確かな存在感を備えている。
「ああ……俺、死ぬんだ。今から……」
分かっていたはずなのに…………さっきまで冷静だったはずなのに。やっぱり怖くなってきた。……でも、もうどうしようもない。俺は目を閉じた。目を閉じて、今までの人生を振り返った。
いまいちパッとしなかったけど、なんだかんだ良い人生だったな。そう思うと、目の奥から涙がじんわりと出てきた。やがてそれは閉じた瞳からこぼれて、頬を伝っていった。
「やっぱ……死にたくねえなあ…………」
ああ、死にたくない。やり残した事とかはこの際出てこないけど、やっぱり死にたくない。こわい。死にたくない。死にたくない。
だいたい、俺が何したって言うんだよ。だんだん腹も立ってきた。俺はマジで何もしてない。ただ、蜂蜜が塗られた食パンを片手に、もう片方にコーヒーを持って出勤の準備をしたスーツ姿の一人暮らし新社会人が朝のニュースを見ていただけだ。
俺の感情は、恐怖と怒りが混ざってよく分からなくなった。
父さんと母さん、それと思いつく限りの友達に、今までありがとうとメールを送った。最期に母さんの声を聞きたかったけど、電話は出来なかった。心残りがあるとすれば、それぐらいか。……でもまあ、楽しかった。彼女は結局出来なかったけど、みんなのおかげでいい人生だった。
……ありがとう、みんな。じゃあな。
…………つーか、長くね?
もうそろそろ着弾していい頃だろ。つーかしろよ。もう話すことねーし、こんなに焦らされると恥ずいんだよ。目閉じたままだし。あれか?漫画とかでよくある、明らかに頭の回転が早すぎるみたいなやつが現実でも起きてんのか?それにしたって…………
「!?!?!?」
目を開くと、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「は……?なんだこれ……!?」
ジジ……ジジジ…………
隕石が、俺の顔面の三十センチほど斜め上で静止しているのだ。それも、隕石周辺の空間に変なエフェクトが付いている。古いビデオを見ている時に出るような、透明な横引きのノイズがかかっている。
…………何が起きているのか分からない。俺は映画やアニメの世界にでも迷い込んだのか?
「これ……触れるのか……?」
ジジジッ!ジジッ!!ジジジジ!!!
「ッ!?」
俺が手を伸ばすと、ノイズは一層激しくなった。そして、隕石はそれにかき消されるようにして消えてしまった。
「消えた……。何なんだ一体……」
喜んで……いいのか?でも、とりあえず死の危険は免れたわけだし……。
———と、俺が頭を悩ませていると。
ジジッ……ジジジ……
またあのノイズの音が聞こえてきた。
「!?!?なんだ!?今度は何が消えるってんだ……!?」
辺りを必死に見回して捜すが、音の主は分からない。こんなに近くに聞こえるのに…………こんなに、近く……に…………
「……もしかして」
—————俺だ。
さっき見たノイズが、今度は俺の体にある。……待ってくれよ。じゃあ、俺は、これから……!?
ジジジッ!ジジ……!!
「……だんだん激しくなってる。おい、このままじゃあ……」
俺も消える。あの隕石のように。そう言おうとして、言葉が出なかった。
ジジジッ!ジジッ!!ジジジジ!!!
「そんな……!ちょ、ちょっと待ってくれよ!
俺は、まだ——————」
俺の叫びは…………いや、俺の体ごと。ノイズの音にかき消され、その場から完全に消え去った。
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