第26話 幼馴染は護身術も扱える。「けど……颯流っちなら良いよ?」


 マディ先生と2人きりで話せた日の放課後、あまり人気のない場所でバナナ&ミルクジュースが売ってある自販機を目指すと角の奥から声が聞こえてきた。


「いやだ……離してよっ!」

「大人しくしてろ、すぐに終わらせてやるからな」

「だから遊びは辞めたって言ってるでしょ!」


 木下さんの親友である桃園愛素ももぞのあいすが男性……いや先輩に襲われていた。

 両手で桃園さんの腕と胸を鷲掴みにしる辺り、確信犯と見て良いだろう。

 瞬時にスマホのカメラを起動して現場を動画撮影を始める。


「うるっせえよ……今まで散々俺と同学年の奴らとヤッて来たんだろう?」

「もうそんな過去のことなんて知らないっ!」

「だったら記憶を蘇らせるために直接刻み込んでやるだけだ……ハハッ!」


 その間にも男は胸を揉む手を止めないから桃園さんもついに声を漏らし始める。

 ……これは流石に介入しないと最後まで行きそうな雰囲気だな。

 俺は動画撮影を続けたまま2人に近づく。


「そこまでです、先輩」

「アンっ!?」

「颯流っち!」


 2人が俺に気づくと先輩が桃園さんを遮るようにして前に出てきたが今更だな。

 もう証拠は十分だろう。

 カメラの動画撮影を止めると手にかざしたままにする。


「先輩が女子生徒に強姦を働きかけようとした証拠は抑えてます。これ以上──」

「だったらその携帯をぶっ壊しゃ良いだけだろうがっ!!」

「危ない、颯流っち!!」


 そう言うと先輩が猛ダッシュで俺の携帯を掴みにやって来た。

 瞬時に携帯をポケットに入れると先輩の開かれた手を手首で軌道を逸らす。

 直後にグーで握られた裏拳が飛んできたのでしゃがむ形で避ける。


 まだ飽き足らないのか、ストレートにパンチを繰り出すしてきたので避ける。

 直後に回し蹴りが飛んできたので下半身に力を入れて膝で迎え撃つ。

 これ以上攻撃を繰り返されても埒があかないので桃園さんを背に距離を取る。


「ほーう? 後輩のくせにいい動きじゃねえか。ここまで俺様が不良時代に培ってきた暴力を避け切ったのはお前が初めてだぜ? 過去に何か習ってきたのか?」

「チェスとブレイクダンスなら。過去にダンスバトル大会で優勝したこともあるぞ」

「はっ、抜かせや。息切れもせずに俺の攻撃をかわし切ったんだ。米軍相手にサシで勝てる程に鍛えてるんじゃねえか?」


 過去に護身術を習ったのは確かだが、挑戦したことが無いから知りようがないな。

 先輩の言葉遣いから察するに自分のことを世界の中心だと勘違いしてる気狂いか。

 この学校にそのような人種もいたとは……面倒なことだな。


「もう満足したでしょう先輩。あなたが俺の携帯を奪うことも出来ないし桃園さんに近づくことも出来ません。今度から女性の合意を得るようにして他を渡って下さい」

「いいやまだ勝負は終わっちゃいねえ。俺はまだ本気を出しちゃいねえぜ?」

「しつこいですね」


 証拠を掴んでるから正当防衛を立証できるがこれ以上先輩の暴力に付き合うのは忍びないな。趣味とはいえブレイクダンスをしてる以上、身体のメンテナンスは欠かせない。ここは逃げる選択肢を最優先で作戦を組み立てよう。


「クククっ。お前とも楽しく遊べそうだな……もっとやり合おうぜ?」

「颯流っち……!」


 俺は先輩に慄いてる後輩を演じながら桃園さんに向かってゆっくり後退していく。

 桃園さんはバスケ部でサボらず練習に励んでいるから問題は無いだろう。

 彼女の手を掴むと引っ張る形で走り出した。

 

「20秒で良いから走れっ!」

「へ、あ、ちょっ……!」

「なっ、待てゴラ!!」


 幸いにもグラウンド手前まで逃げ切れたからもう安心だろう。

 部活動が既に始まってるこの状況で暴力を振るってきたらすぐに先生が来る。

 流石の先輩も状況を理解したのかそれ以上俺たちに近づくことは無かった。


「1回目だけ特別に逃してあげます。だが次に桃園さんを襲えば問答無用で動画を学校に突き出してあなたを退学に追い込みます。それを決して忘れないように」

「チッ……覚えてろよ!」


 悪態を吐きながらもすぐに撤退してくれたので一件落着だろう。


「ありがとう颯流っち……助かったよ」

「例には及ばない。が……俺はああ言ったが桃園さんが望むなら今からでも証拠を学校に突きつけようか?」

「いいや、もう大丈夫だよ……こう言うのには慣れてるから」


 だったらそれを繰り返さないように自分から動くことも大事だと思うがな。

 それとも桃園さんは口では嫌と言いつつも本当は喜んでたりするのか? 

 だとしたら俺はとんだ思い違いをしていたことになるんだが。


「もしかして桃園さん、あの先輩と肉体関係にあったりするのか?」

「はっ!? んなわけないでしょ!? 胸揉まれて私ちゃんと嫌がってからっ!!」

「……そ、そうか」

「そうだよ! なんでそんな結論に行き着くワケ?」

「救いの糸を垂らしてあげてると言うのにあえて掴まない。今後もあの先輩に付き纏われることを考慮してないのか? その上で俺の提案を蹴るならそう言うことだろ」

「っ……そんなんじゃないから。あの先輩に迫られたのが嫌で颯流っちに助けられてホッとしたけど、一部は私が悪かったのも事実だから」


 それがどういう意味なのか今の俺に判断できるだけの材料が出揃っていない。

 けれど本人が話そうとしない以上は詮索しても仕方ないだろう。

 本格的に喉が渇いてきたしさっきの自販機に引き返そうか。


「そうか」

「けど……颯流っちなら良いよ?」

「ん? 何が?」

「その……助けてくれたお礼」

「なんのことだ?」

「だからっ!」


 その意味を察してるようで察してないがあえてすっとぼけてみせる。

 いやまさか木下さんの親友が俺を誘惑なんて真似するはずが無いよな。

 そう顔を少し赤くしながら決定的なことを言い出す桃園さん──




「お礼に私とエッチする?」




 やっぱりかよ!?

 当然断るが……童貞は木下さんに捧げると決めてるし月愛が狂乱化したらヤバい。


「いやしないから」

「えっ、嘘! 私からの誘いを断られたのなんて今まで初めてなんだけど!?」

「お前もとっくに知ってんだろ……俺が木下さんのことが好きなこと」

「へ? 当たり前でしょ? アンタの露骨過ぎる態度がバレて無いとしたら優希だけよ。クラスの皆はとっくに気付いてんだから」

「マジか……改めて面と向かって言われると恥ずかしいな」


 だから俺が木下さんと話すたびのクラスの反応と来たら何か暖かい雰囲気になってたのかよ。しかも本人以外の全員に知れ渡ってるだなんて照れるな。


「それにさっきの颯流っち凄くカッコ良かったぞ! あの人の暴力と渡り合える人なんて初めて見たわね」

「そうか、ありがとう」

「だから私強い男の人が凄く好きなんだ……だからお礼に颯流っちとシてあげるよ」


 目を蕩かせるな。


「さっきの話聞いてか? しないって言ってるだろ」

「優希のことが好きだからだっけ? でもこれとそれとじゃ別なのは知ってるぞ? まあ優希や月愛には劣るかもだけど、スタイルが良い私に迫られて断れる男なんていないんだゾ?」

「井の中の蛙よ、世界はもっと広い。なら俺が記念すべき1人目だな」

「何を意固地になってんの? セックスなんて特別なことでもなんでも無いけど?」


 言動から推察するに1年の頃に桃園さんがヤリマンだった噂は本当らしいな。


「他を渡ってくれ。俺は木下さんに操を立てると決めてるからな」

「あはっは、何それ結構ウケるんだけどー」

「俺はウケない」

「それに先輩方に頼っても、もうあの人以外は相手してくれないからねー」

「いやさっき自分で私の誘いを断る男は居ないって言ってただろ?」


 冗談抜きだと桃園さんもなかなかスタイルが整ってるし、こうして体操服を着てる今も胸の大きさがくっきりとわかる程に主張されててずっと眺めてるとそそられる。


「私が男遊びを辞めるときに先輩方に言ったんだよねー。『HIVにかかったけど、それでもするの?』って」

「ただの歩く生物兵器じゃないか。良く俺を誘おうと思えたな?」

「嘘に決まってるじゃん。私は至って健康よ、また今度証拠でも見せようか?」

「いや必要ない。よくあの先輩は桃園さんに迫ろうと思えたな」

「あの人はもう色々とワケありだからねー」


 もうこれ以上突っ込む気も失せたし早く喉の渇きを潤してこよう。


「そうか。それじゃあ気をつけろよ桃園さん、また明日」

「仕方ないな……分かった。またシたくなったらいつでも歓迎するからね颯流っち」


 俺が桃園さんと交わる日がくることは無いだろう。

 つくづくと俺のクラスメイトには癖が強い人間が多いな。 

 それでも木下さんからの好感度を上げるために仲良くすることは辞めないが。

 俺が彼女の誘惑に靡かなければ良いだけの話だ……そうだな。




 ──その予想が覆されることを、この頃の俺はまだ知らなかった。

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