第24話 元幼馴染は雪兎に話しかける。「私の初めての友達になってくれますか?」


 月愛るながゲームの正式名称に概要やルールを整えた翌日、俺は話しかけに行った。

 桃園ももぞのさんとは木下さんを交えて3人でゲームや趣味の話で盛り上がった。

 小山こやまさんとは普段通りにクロワッサンを交えてたわいも無い話に花を咲かせた……というよりも相変わらず下ネタの激しいカップルで消耗したとも言い換えられるが。


 そしてそのまた翌日の現在、火曜日の6限目なのでパソコン教室へと移動中だ。

 これから隣の席の凪音さんに話しかけるのだ。

 彼女はクラスの中でも比較的に物静かな生徒なので普段は俺と同じく読書もする。

 前にチラッと見たときは一般文芸を読んでいた……話題はこれにして行けそうだ。


「それじゃあ皆さん、もうお疲れのようですがラスト1時間頑張っていきましょう! まだパソコンの電源を入れてない方がいれば入れて下さい!」


 授業時間が始まり、担当の女先生が可愛らしい声で授業を進めていく。

 当然俺の真横にはターゲットの凪音さんがいてキーボードをカタカタしている。

 幸いにも席替えした恩恵おんけいで教室の1番端っこになったので目立ちはしない。


 さて準備は整ったのでチラチラと目線だけを隣に映しながら機会をうかがう。

 いやさっさと話しかけろ俺、45分なんてあっという間に終わるぞ。

 今ここで話しかけないでいつ話しかけるというんだ!


「……あの、凪音なぎねさん」


 彼女は銀髪のボブヘアに眼鏡と赤目の大和撫子のような女子生徒だ。

 全身がスラリとしており華奢なモデルのような体型だが、脚が細くて綺麗だ。

 その小さくてぷっくりとした唇が動く様は可愛いなと素直に思ってしまう。


「……ぁ……はい、何でしょうか冨永とみながくん?」


 木下さん程じゃないにせよ、まるで天使のような柔らかい声を奏でた。

 メガネ越しにくりっとした大きな両目が向けられる。


「さっき先生が言っていた『ホームでオートSUM』をクリックして、B8に『=SUM(B 4:B7)』を表示させる方法が分からなかったんだ。やり方を教えてくれないかな?」


 そう、俺が昨日決めた話しかける言い訳がこれだ。

 本当はこの程度の授業の内容はもう既に予習済みだが、あえて無知なフリをする。

 すると凪音さんが俺と俺のパソコンの画面に視線を交互に移した。


「はい、喜んで。それはですね、よいしょと」

「ぅおっ」

 

 先生がエクセルの関数を使った計算式を解説する中、凪音さんが椅子をスライドさせて俺と肩幅が触れ合う至近距離まで近づいてきたせいでビックリしてしまった。


「ここを押せば自動的に点線の枠がかかるので、Enterキーを押すと合計が求められますよ」

「あ、なるほど。セルポインターをB8に移動させるのか。ありがとう凪音さん、助かったよ」

「全然構いません、また分からないところがあればいつでも聞いて下さいね」


 ご丁寧にわざわざマウスを実際に動かして画面に点線の枠を表示させてくれた。

 なんて優しい子なんだろう、普通は口頭でやり方を伝えるだけで終わるのに。

 それに敬語の使い手だが月愛とは違って優しさや心地よさしか感じられない。


「分かった、また今度困ったことがあれば頼むよ」

「はい」


 授業の疲れが少し癒されたと錯覚するほどの不思議な声だ。

 凪音さんの声にはエナジードリンクの付属スキルがあるのかも知れない。

 また来週に力をお借りします……ってそうじゃないだろ俺!?


 ──もっと凪音さんとの会話を続けるんだ。


 教室内で話しかける勇気が無いから今繋がりを育まないでどうする。

 ああけど授業中だし凪音さん優等生っぽいから嫌がるのかな。

 そうかそれは仕方ないな……また今度機会を模索するか。


 そう脳内会議で言い訳を並べ立てるところだった──


 


「……あの。冨永くんって最近、冨永月愛さんとも仲良いですよね?」




「……へ?」


 凪音さんの方から話しかけてきた。

 あ、もしかして凪音さんって意外とこういうのにも慣れてるのか?

 動機が全く予想出来ないがチャンスを掴み取る俺だった。


「教室での関わり合いを眺めていても、本当に仲の良いだなーって思ってます」

「あ、ああ。なるほどな」


 そうだ忘れるな俺……ここ最近は突っ込まれる機会がグッと減ったから忘れかけていたんだが、学校の場で俺と月愛の関係は義理の兄妹という設定だったな。

 本当に予想外の展開だけど、せっかく向こうから歩み寄ってきたんだ。

 全ては木下さんを手に入れるためだ……俺はやってやるぞ。


「凪音さん、見てたんだ」

「……ぁ……はい。その……席は窓際の端っこなので、自然と教室内の様子が全て観察できちゃうんですよ」

「そうなのか! 凪音さんにも人間観察の趣味があったなんて思わなかったよ」

「へっ? あ、いや、その……恥ずかしい限りですけど、友達がいないので……休み時間は基本的に読書か課題しかすることが無いんですよ」

「……確かにそうなるよな」


 俺も中学時代から休み時間に読書をするのが習慣だったからな。

 今では木下さんや月愛にクロワッサンと良く絡んでいるが、昔は孤立してたな。

 俺も今でもそうだから分かる……きっと凪音さんも臆病なんだろうな。


 人に話しかけることで『もし拒絶されたら』のIFが怖いのだ。

 いやIFじゃなくて話しかけることでグループの空気を凍て付かせる実例もあった。

 ここは男の俺が率先して行動を起こさないとな。


「凪音さん……もし良かったらだけど」

「はい……なんでしょうか?」

「俺と友達にならないか?」

「友達……ですか?」

「ああ。まあ……友達って言っても俺にも定義がイマイチ良く分からないけどな」

「私もです」

「だから気軽に話しかけあったり、好きなときにたわいも無い話に花を咲かせるような関係になることを目指そう。……もちろん、凪音さんが嫌じゃなければ──」

「ぁ、決して嫌じゃないです! その……私の方からもお願い……したいです。……冨永くん、私の初めての友達になってくれますか?」


 何だこれ……顔を若干赤くしながら指をモジモジとさせる仕草も可愛いぞ。

 木下さん程じゃないけどな。

 それでも雪国に跋扈する雪兎のようで頭を撫でたくなる衝動に駆られてしまう。


「もちろんだよ。俺の方から提案したことだしな」

「……わぁっ……! ありがとうございます冨永くん、凄く嬉しいですっ」

「う、うん……これからもよろしくな凪音さん」

「はい、今日から沢山楽しい話をしていきましょう!」


 顔を赤くしながらもちょっぴり歯を覗かせた笑みを浮かべる凪音さん。

 意外にも華やかなその笑顔に俺は見惚れるのだった。







「ほぼ初対面の女の子との初めての会話にしては上出来ですね、颯流」

「舐めるなよ月愛、俺は別にコミュ障ってわけじゃないんだ」


 凪音さんと友達になる約束をした放課後、帰宅すると俺は月愛に戦績を報告した。

 結局、友達になりましょう宣言の後は授業風もあって会話はそこで途切れた。

 けどあれからキーボードをカタカタする凪音さんが何だか楽しそうにも見えた。


「遠くから会話を眺めてる分にも、脈アリなのは間違いありませんね」

「は? お前、眺めるってどうやって? お前の席は俺たちの反対側だろ」


 情報の授業は選択授業なので第1希望が通った人のみ受けられる授業だ。

 つまり木下さんにクロワッサンと桃園さんは皆音楽の授業に行っている。

 よって俺、月愛、小山に凪音さんしか俺の知り合いがいない訳だ。

 

 ついでに月愛が小型マイクや集音器を設置した覚えも痕跡もない。

 一体どうやって俺と凪音さんの会話を観察していたと言うんだ……?


「んふふっ。実はLAN教室に何箇所か鏡を設置しているのですよ」

「は、鏡?」

「ええ。小型な上に見えにくい位置にありますので見つかる心配はありません」

「それ本気で言ってるのか?」

「だって授業中に颯流のことが見られないだなんて耐えられるわけがないじゃないですかぁ〜? それで鐘美ちゃんとのやり取りも写っちゃったわけですね」

「相変わらず隠密行動がえげつないなお前。もう暗殺者にでも転職すれば?」

「嫌ですよ、人殺しになってしまったら颯流も流石にドン引きするでしょう?」

「倫理的にダメだから、とか言わないお前のことが既に恐ろしいんだが」


 マジで一体どんな風に訓練したらそこまで色々と出来るようになるんだよ……。


「それでは颯流。明日の4限目に英語の授業がありますので、頑張って話しかけて下さいね?」

「ああ、マディ先生だな。分かってるよ……けどどうすれば?」


 高校では給食がないし呼び出しを受けることもあるから、昼飯は基本的に空き時間にパッと済ませるものだ。

 ネイティブ先生もあって空き時間は多めだと予想出来るが俺は授業中だ。

 私的な用事で学校の外に呼び出すわけにもいかないし、どう接触の機会を作る?


「んふふっ。教師と関係を深めるなんて機会も動機もはなかなかありませんからね」

「全く、その通りだよ! どうすれば良いんだよこれ」

「今回は難易度が高いですからね。私のプランに耳を傾けてみて下さい」

「ああ、頼むよ」


 ゴニョゴニョゴニョ。


「んふふっ、どうですか? これならば誰にも邪魔されずにゆっくり話せるでしょう?」

「……確かにそうだけど、本当に上手くいくのか?」

「ええ。ほんの少しだけ根回しをしておきますので、勇気を振り絞って下さいね」

「分かったよ……その方法で話しかければ良いんだろ」


 ──月愛が支援してくれると言うなら、これ以上に強力な援軍は居ないよな。 

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