第12話 義母は無表情で告げる。「アレに話すのは許しません」
「颯流〜! もうすぐご飯が出来ますよ〜!」
「分かった、今行く!」
「〜〜〜〜〜〜♪」
2階からそんな月愛の声が聞こえたので日光を浴びながらの優雅な読書タイムを中断して階段を登った。リビングへ向かうと美味しそうな匂いと共に月愛の鼻歌が出迎えてくれた。何だかシャキッとした様子でエプロンを着ながら調理を進めていた。
「これは……ベーコンとエッグか? 美味しそうだな」
「正解で〜すっ! あとバジル味の鶏胸肉にサラダもありますよ。今回もケチャップ付けて欲しいですか?」
「ああ、頼むよ」
「了解です〜」
唾液の分泌を促す程の匂いを吸い込みながら自分のプロテインを準備していく。効率的に筋肉を育てるためにもはや必須アイテムだなこれは……チョコ味に変えてから飲むのが至福の時間に変わったので、これからも月愛の朝食と共に美味しく頂く。
「はい、颯流。召し上がって下さい」
「あ、ああ。ありがとう月愛」
デカデカとハートの形に押し出されたケチャップがのったご飯にベーコン、エッグと鶏胸肉が1皿に詰まった洋食スタイルのお皿が運ばれてきた。あまりの愛情の込めっぷりに苦笑してしまうが本当にどれもこれも美味しそうだ。
月愛が炭水化物とタンパク質を一緒の皿に乗せてくれるのは、単純におかずに手を伸ばしたり食器を洗う手間が省けて便利だからだ。幼稚園でネイティブの女先生がこのような食生活を送っていたと知ってから、かつての月愛の母親の発案で松本家で採用された流れだ……これぞまさに異文化理解と交流っていうやつだな。
「「頂きます」」
先ずは鶏肉を一口サイズに切って、スプーンでご飯と共に口の中へぶち込んだ。
ムシャムシャムシャムシャ、ゴクリっ。
「美味っ!」
「んふふっ。颯流って本当に美味しそうに食べてくれますよね、スプーンの持ち方も相変わらず子供っぽくて可愛いです〜♪」
まだ自分のご飯に手を付けずに幸せそうな笑顔でそう言いながら見惚れてる月愛。
全く、俺たちはドラマで上映されてるような結婚したばかりの新婚夫婦さんかよ。
見方の角度によっては怪我して帰ってきた息子に大好きな料理を振る舞ってる母親のようだ……じゃなくて本当に俺の母親になったんだよな……不思議なものだ。
「月愛が作る料理は無駄に美味いからな。……まあマナー的に正しい持ち方じゃないのは自覚してるけど、もう長年の習慣でしっかり染みついてるから仕方ないだろ」
俺が未だにやってるスプーンの持ち方は『上手持ち』というやつで、フォークでも応用してるが拳で軽く握りながら口に運んでいるやり方だ。ちなみに俺の箸の持ち方もお手本と微妙に違うらしいがさっぱり分からん……個人的に別に良いと思うが。
「私は全然失礼に思わないから大丈夫ですよ。むしろより可愛く見えるんですし〜」
「う……そう言われると何だか恥ずかしいな」
かつて小・中の頃は基本的に月愛以外の奴らに俺のスプーンの持ち方を見られた時には「ガキかよ」「恥ずかしくないの?」「ママに甘やかされて育って来たんだな、なっさけな〜」と散々罵倒されて来て以来高校でも基本的に1人で食事をしている。
今でも基本的に他人からの評価はどうでも良いと思うけど、耳障りな声を聞きながらの食事は気分が害されるからそうしているが、驚いたことに世の中には細かいことを指摘してくる可哀想な価値観に染まった人間も居るから距離を取るのが1番だ。
仮にまた注意されたとしても俺の返答は「俺はこの持ち方を気に入ってるから帰るつもりは無いし、君は過敏になり過ぎだ」の一点張りで、それでも批判してくる器の小さい人間はむしろ、こっちから願い下げだから逆に良い試験だと開き直っている。ただ木下さんには見せてないからそこの所だけぶっちゃけると不安だったりもする。
「ふーっ、ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
それから美味しいプロテインをがぶ飲みしていく。改めて月愛の料理は完成度が高いな……何だろう、味付け自体にそこまで工夫の改良が無くただ普通に調理されているはずなのに、俺が自炊してる時よりも味が数段美味しく感じられるんだよな。
告白を受けから時々ご飯を作りに来てくれる月愛曰く、美味しい料理の秘訣は愛情だと言っていたが本当にそうなのかも知れないと思えて来た。それとも他の何かを使ってるだろうか……そう関心してると月愛が箸を置いて俺に語りかけて来た。
「ところで颯流、登校する前に大事な話があります」
もう察した……恐らくクラスに関する話だろう。
「ああ、クラスのことか?」
「ええ。ほら私、颯流のパパと結婚したことで同じ苗字を持つようになったじゃないですか」
「ああ、そっか……それで変な邪推をされないように俺たちの関係は平常運転で行こうってことか?」
最初に月愛と同じクラスになった日には本気で驚かされたものだ……何故なら留年生だと言うのに自己紹介で「私は颯流の幼馴染で2年生で転校して来ました」とクラスの皆に信じ込ませたのだ。最初らへんだけはちょっとした演技をお願いされたが。
更に言えば去年月愛のクラスを担当していた教科の先生も何人かいたはずなのに誰も彼女の発言に突っ込むことが無い。マジでどんな手を使ったんだと気になるぞ。
「ええ。まあ年齢的にまだ有り得ないはずですが『颯流と結婚したの?』とか周囲の人間に言われたら、颯流が困りそうですし〜?」
「ぶっ」
「んふふっ。まあ私的にはより都合が良くなりますし大大歓迎なんですけどね〜?」
「勘弁してくれ頼むから」
「アッハハっ♪ ……けれど私たちが同じ屋根の下で暮らしてることがバレたら十中八九、男子のオナニーのおかずになるでしょうからそちらは絶対に嫌ですね」
「ぅオイ!?」
相変わらず2人きりのときは言葉遣いを取り繕うともすらしないよな月愛は……まあ俺のことが好きとは言え基本的にはまだ男性嫌いを克服してないので仕方ないだろうな……国際文化科コースと言えども男子は2クラスとも4人ずつ居るものだ。
紹介しよう……うちの花園高校は6クラス40人ずつの普通科と2クラス40人ずつの国際文化科があり、その中でも国際文化科の男女の比率は9:1つまりヤリチンにとっては天国だが俺のような人見知りからすれば息苦しく感じてしまう空間だ。
まあこれはうちの学校の特性によるものかも知れないんだが……女子の中でもパリピのジャンルに振り分けられる人種が圧倒的に多いのだ。それも大の恋愛好きだから俺たちの関係がバレたら月愛も俺も彼女たちの格好の餌食になって疲弊しそうだな。
「だから私が颯流のママになったことも含めて私たち2人だけの秘密にしましょうってことです。幸いにも私たちが口裏を合わせてさえいればバレることはそうそう有りませんので。……颯流も協力してくれますか?」
「まあ構わないけど──」
断る理由はないし級友たちにネタにされるのは不愉快だからな。
ああけど俺の家にたまにだけ出入りする同性の友達が1人居るから話さないとな。
それに……うん……やっぱり木下さんにも共有しておきたいんだよな。
「すまないな。お前も知ってるからわかるだろうけど俺の唯一の男友達のクロワッサンがたまに遊びに来たりもするから話すべきなんだ。今月末に遊びに来るからどうせバレるし、あいつは口が硬い奴だから信用出来るさ。それとやっぱり木下さん──」
「アレに話すのは許しません」
「……へ?」
あまりにも底冷えする声が発せられたので目を向けてみたら無表情の月愛が居た。
月愛からこんな声を聞いたのは初めてな気がするぞ。
そう思っていると月愛は咳払いをして話を続けた。
「ぁ……。うっうん。優希ちゃんに話しすことだけは禁止します」
「え……な、なんだか聞いても良いか?」
「なんとなく……どうしても、ですよ」
「……そ、そうか」
あまりにも事実を述べるのは俺がクソ野郎に思えてくるから極力控えたいんだが……月愛は俺のことが好きだから恐らく自分の恋敵に知られるのは……あれ?
「なあ月愛、1つ聞いても良いのか?」
「はい、なんでしょう?」
「素朴な疑問なんだが、お前が俺と暮らしてることが木下さんに知られたら……その、お前の方が……だから、」
「──優希ちゃんに揺さぶりを掛けらるし、ライバルの彼女を牽制できるんじゃないか、ってことですね?」
「あ、ああ」
当然だが俺は月愛ではなく木下さんのことが好きだから別に月愛の肩を持つつもりは無いんだが……そっちの方が優位に立ち回れるようになるんじゃないか?
「んふふっ、確かにそういう戦略もありますよね……けれど私はどちらかと言えば暗躍が性に合いますの♪」
【──後書き──】
何だかんだで幼馴染のことを心配してる主人公です。
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